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2026年1月1日木曜日

マイノリティだから不利?いいえ、それでも上手くいった人はいくらでもいる

 ここ近年、マイノリティと呼ばれる人の社会運動が注目されることが多くなった。精神障害、LGBT、貧困、地域格差など、活動家を先頭に様々な人々が声を上げている。

 ただ、こういう人達を見ていると、そろいもそろって「声を聞いてほしい、支援がほしい、補助金がほしい」という要求に終始している。その理由を聞くと、「マイノリティは、弱者だから、不利だから、疎外されるから、ハードルがあるから、できるわけない。上手くいくわけない。何も得られない」と言う。私からすれば「そんなこともないだろう、いくらでもやればいい」と思うのだが、彼らは頑なに否定する。


 マイノリティのコンボの私


 この次に決まって出てくるのは「上手くいっているヤツは運がいいから。恵まれているから。マジョリティだから」というセリフだが、マイノリティであっても成し遂げた人はいっぱいいるし、何ならマイノリティの要素を全く持っていない人を探すほうのが難しいだろう。

 私も資産運用をやって一定額を超え、マス層から脱することができたが、果たしてマジョリティかというと全く違う。むしろマイノリティの要素を多く持つ一人だ。LGBT、大学中退、地方出身、氷河期世代、非正規雇用、父親が自由業、自分も転職も多い。

 しかも、生まれで決まってしまうものも多く、活動家から見たら最も運の悪い部類に入るだろう。特にLGBT、地方出身、氷河期世代、非正規雇用なんて今最もホットなワードで、それのコンボだから相当ついてない。

 にもかかわらず、それだけの資産を作り、それを更新し続けている。マイノリティは何も得られないのではなかったのか?


 マイノリティと成否は無関係


 大概マイノリティの要素を一つや二つ持っているものである以上、マイノリティ=不利の公式は成立しない。それが多数重なっていたとしても、それを参入や挑戦の制限として課してるものなどまずない。LGBTだから証券口座を作れないというのはないし、大学中退だから会社設立できないというのもない。氷河期世代だから副業できないもないし、非正規雇用だからキャリアアップのためのリスキリングできないということもない。全ては自分が決断できるか否かにかかっている。



 アドラー曰く、「やらない選択をしている」


 そもそも人間というものは、利益よりもリスクのほうを大きく見積もる習性がある。これは危機に瀕した時にちゃんと回避できるよう、生存本能から来ている。なので、人間はリスクのつきまとう行動をより危険視し、現状維持を選択するようにできている。そして自分を納得させるためそこに理由付けをし、「~だから、できない」「~だから、不利」と思うようできている。

 なので、実際には不利、できないというのは本能からくる自動思考によるもので、本当にできないか否かとは無関係に反応している。かの精神科医・心理学者のアルフレッド・アドラーの心理学においても、「できないのではなく、(失敗回避のために)やらない選択をしている」と説いている。真、的を射ていて、本当は失敗するのを承知でやる選択もあるのだが、大抵の場合は失敗を避けるためにやらない選択をするのが人間の常だ。

 だが、そんな臆病な自分を認めることもできないから、「できない」ということにしてしまうのだ。できない、不利という位置づけは、やらない選択をしてしまった自分を守るための防御反応ということだ。

 これがわかれば簡単で、不利だという考えが浮かんだら本能が過剰反応し自分を邪魔しているだけなので、そこまで難儀ではない大丈夫だということだ。あとはやる選択をするだけである。




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