そのため彼らの評判は増々悪くなり、支持政党の支持率や議席数の減少にまで影響を与えている。明らかに自らの首を絞めており、ドンドン駆逐されている。浮動票としてどっちつかずだった層や、穏健左派で今まで理解を示してきた層も、「あんなヤツと同じと思われたくない」「あんなヤツをのさばらせたら大変なことになる」と危機感を募らせ、阻止する方向へ舵を切るものが後を絶たない。
こういう正義を高らかに叫びながら暴走する連中は、何が足りないのだろうか?
正義を振りかざすと最悪の事態になる
正義を振りかざすのは一見真っ当な行為に思えるが、実際は最悪の結果を招くことが多い。それはなぜか?
一つ目に、自分から見たら悪に屈するわけにはいかないから、折れるわけにはいかず、融通が利かなくなって、引っ込みがつかなくなるから。それは相手も同様で、その結果勝つか負けるかの争いになりやすく、対立が長期化してしまうのだ。仮に対立が治まっても、わだかまりはそのままなので、反対勢力は永遠に増え続ける。特に完璧主義や白黒思考がある人は、これにはまりやすい。
二つ目に、いかなる自分の行為も正当化され、過激な方向へ突き進んでしまうから。正義のためだから仕方がないという言い訳に流されて、どんな悪事であってもやってしまう。粛清や総括なんかはいい例だ。無作法で横柄な態度にもなりやすいのも、他人から見たら悪人に見えてしまう。
三つ目に、相手の反感を買うので、無限に敵を増やし続けるから。正義を振りかざすということは、相手を敵認定するということ。当然敵認定された人からしたらケンカを売られたようなものだから、快く思わない。だから話を聞く気にならないし、求めに応じるなんてもっての外と言われてしまう。
二つ目に、いかなる自分の行為も正当化され、過激な方向へ突き進んでしまうから。正義のためだから仕方がないという言い訳に流されて、どんな悪事であってもやってしまう。粛清や総括なんかはいい例だ。無作法で横柄な態度にもなりやすいのも、他人から見たら悪人に見えてしまう。
三つ目に、相手の反感を買うので、無限に敵を増やし続けるから。正義を振りかざすということは、相手を敵認定するということ。当然敵認定された人からしたらケンカを売られたようなものだから、快く思わない。だから話を聞く気にならないし、求めに応じるなんてもっての外と言われてしまう。
四つ目に、自分が不寛容になり、周りが見えなくなって、孤立するから。正義が過熱するとアレも良くないコレも良くないとばかりに、多くのものが悪く見えるようになってしまう。そうなると寛容さを失い、否定のオンパレードになる。そして、多くのものを受けつけなくなるから周りから浮いてしまい、孤立してしまう。孤立すると、いざとなった時に周囲からの助けを得られなくなるから、自業自得になる。
五つ目に、最悪精神の問題が発生することも。正義というのは社会的な対立を生んだり、孤立したりしやすい性格上、自分の精神にも悪影響をもたらす。適応障害やうつ病はわかりやすいところだ。それに正義は怒りの感情から起こるものでもあるので、双極症や統合失調症の躁状態とも結びつきやすい。そうなると精神障害がさらに悪化する原因になるので、精神医療としてもおススメできない。
世の中は正義より、折り合いで動いている
正義に囚われている人が最も理解していないことがある。それは、「世の中は正義よりも折り合いで動いている」ということだ。世間の多くの人は、正義が通用するほど世の中は上手くできていないということをわかっているし、正義だけでは大きな不都合が発生することを予見している。だから、決して正義一本にはならない。
そもそも社会は合理性で回っているところがほとんどだ。そうしないと、全体として動きが滞ってしまい、大迷惑になるからだ。しかし正義は理想論に基づいているので、合理性とは相反する。その分社会負担を強いたり、特定のグループに全ての責任を押し付けたりするので、社会からしたら迷惑にしかならない。正義には妥協や分担の考えがないからだ。
それに多くの人は、妥協やあきらめをして折り合いをつけないと、二兎追うものは一兎をも得ずとなることを知っている。だから、得るものが0になるくらいなら一兎あきらめて、残りの一兎を確実にとることを選ぶ。そんな全てが自分の思い通りなんてことはないのに正義にこだわっていると、本当に得るものが0になってしまう。
それほどまでに折り合いは大切なのだ。得るものがある時ほど正義という二兎を追いかけずに、折り合いをつけて一兎を得ることが重要なカギとなる。
























