この件自体も非常に問題であるが、何よりもその後の対応が問題視されており、大炎上となっている。記者会見での態度、背信行為、悪用、隠ぺい、責任転嫁、逆ギレ、被害者面など輪をかけて悪行を重ねており、あまりに醜く鬼畜同然と言わざるをえない。ここまで悪いことができるというのは、人間性がとてつもなく異常である。
そこで彼らの異常性について考察する。
そこで彼らの異常性について考察する。
事件の概要
まず最初に事件の概要について説明する。2026年(令和8年)3月16日に同志社国際高校の研修旅行(修学旅行に相当)のコースの一つとして、辺野古の基地建設現場を見学する。
その際に乗った船が「不屈」と「平和丸」の2隻の営業登録されていない抗議船だった。その日、波浪警報が出ており出航できるような波ではないにもかかわらず、これを強行した。しかも、「不屈」は定員オーバーの状態であった。海上保安庁の巡視船はメガホンで危険性を警告し、引き返すよう求めたが2隻はこれを無視して航行を続けた。
その結果、サンゴ礁のある海域で高波にあおられ「不屈」は転覆、全員海に投げ出された。それを救助しようと不用意に近づいた「平和丸」も高波にのまれて転覆し、こちらも全員海に投げ出された。その際に、「平和丸」に乗っていた女子生徒ひとりの救命胴衣が船に引っかかり浮上できず、「不屈」の船長とともに死亡が確認された。
団体、学校、政党、メディアの対応に国民が怒り心頭
間違った判断、定員オーバー、杜撰な運航マニュアル、事業登録の未実施、無理な航行、事故の通報しない乗組員(通報をしたのは生徒)など、現場対応がことごとく悪いのも至極問題であるが、その後の行為も常軌を逸すると言わざるをえないほど悪い。
< 抗議団体側の問題 >
①謝罪会見で、腕組みしながらふんぞり返る態度の悪さ
②謝罪会見に普段着で登場
②謝罪会見に普段着で登場
③自ら宣言した自粛期間が、たったの1週間
④1週間の自粛期間をすぐ破って、翌日には再開
⑤亡くなった生徒も自分らに同調していたと、ウソの方便
⑥死人に口なしなのをいいことに、死亡した船長に全責任をなすりつける
⑦謝罪文の掲載の遅れ
⑧事故すらも政治利用する発言
⑤亡くなった生徒も自分らに同調していたと、ウソの方便
⑥死人に口なしなのをいいことに、死亡した船長に全責任をなすりつける
⑦謝罪文の掲載の遅れ
⑧事故すらも政治利用する発言
⑨事故が起こったのを基地のせいに責任転嫁
⑩被害者および家族への直接謝罪は???
⑪生き残った船長が後に日本基督教団所属の牧師で、かつ共産党員であることが判明
⑫生き残ったほうの船長が表に出ず、コメントもない
⑪生き残った船長が後に日本基督教団所属の牧師で、かつ共産党員であることが判明
⑫生き残ったほうの船長が表に出ず、コメントもない
⑬団体所属メンバー同士で擁護・かばい合い
⑭「女子生徒を守ってやれなかった」という被害者ムーブの発言と加害者意識の欠如
※人命よりも自分らの活動優先という、身勝手な暴挙
※責任を取ろうとしない、無責任、自己保身に終始
※被害者に対して一切配慮がない
< 学校側の問題 >
①記者会見でのウソ(金銭の受け渡し、団体との宗教的関係などが後に暴露)
②保護者向け説明会の前に、沖縄県の玉城デニー知事と面会
③抗議団体へ責任の押し付け
④抗議団体と宗教と学校のズブズブな関係
⑤法律上学校教育に持ち込んではならない政治活動に生徒を参加
⑥抗議船のことについて、旅行前に保護者への説明なし
※隠ぺいが常態化していたことがわかる
※違法行為を積極推進
※隠ぺいが常態化していたことがわかる
※違法行為を積極推進
< 政党側の問題 >
①左派系政党の党首級メンバーも過去に乗船
②歴代船長が特定の政党に所属
③当該政党である共産党が党内調査を拒否
※お決まりの知らぬ存ぜぬ
< マスコミ側の問題 >
①産経新聞以外、この事件の報道をほとんどしない
②特に毎日、朝日系の忌避
※臭い物に蓋をする、報道人にあるまじき姿勢
どいつもこいつも責任逃避
何人かのワイドショーやネットチャンネルのコメンテイターが言っていたが、とにかくこれに多少なりとも関わっていた面々に、責任を取ろうという姿勢を見せている「大人」が一人もいないということが最大の問題点だ。全員大人げなく責任の押し付け合いをしており、一番関心を向けなくてはならないはずの被害者のほうへ目を向けていないのが、失礼極まりない。
この態度に死亡した女子生徒の両親がブチギレて、自分で事件の真相を探り、SNSで情報発信し、団体、学校、政党、マスコミを糾弾するとして、サイトを開設したと明かした。
「大人」になれなかった人たち
この事件の重要なキーワードは「大人」だろう。先のコメンテイターの「大人」がいないという発言は言い得て妙で、首謀者たちに共通する特徴を端的に捉えている。とにかくどいつもこいつも自己保身のための責任転嫁ばかりで、潔さがないのだ。むしろ嘘をついたり、隠ぺいしたり、話を逸らしたりと、事件の矮小化や風化を図っており、あまりに発言や行動が醜くく、自ら泥を塗り重ねている。
さらにコメンテイターの指摘が痛烈なのは、「大人」でない人間が子供たちに何を教えられるんだという発言だ。まさにその通りで、「大人」のお手本も示せない人間がいくら綺麗事や理想を言ったところで、空虚でしかなく説得力がない。そんな人間の言うことを聞く人は皆無で、離れていくばかりである。
さらにコメンテイターの指摘が痛烈なのは、「大人」でない人間が子供たちに何を教えられるんだという発言だ。まさにその通りで、「大人」のお手本も示せない人間がいくら綺麗事や理想を言ったところで、空虚でしかなく説得力がない。そんな人間の言うことを聞く人は皆無で、離れていくばかりである。
それでもこの者たちが行動を改めないのは、やはり「大人」でないからだろう。あまりに精神が幼く成熟できなかったがために、失態を認める器がないのだ。罪があまりに大きすぎて抱えられず、手放す衝動にも負けてしまっている。
そもそも彼らは幼いがゆえに、普段から他責思考で生きている。常に被害者と考え、被害者であろうとし、被害者ポジションに逃げ込む。社会とのかかわり方が受け身で、自分の代わりにやってくれる人を常に求めている。だから自分では何もやろうとしないし、他人と協力したり他者貢献をしたりするのを面倒くさがって拒む。
それどころか自分が損すること、屈辱を受けること、恥をかくことを恐れ、簡単に逃避してしまう。だから義理がなく、薄情な人間になる。
そのために、よもや自分が責任を負う立ち場になろうとは想像だにしていなかっただろうし、その立場に立たされても無能であるがゆえに何もできない。でもこのままではマズいことだけはわかっているので、唯一出た対処法が手放すこと、逃げることだったのだろう。
結局、普段から衝動のままに動いて欲求を満たすことのみを追って来た、「永遠の子供」がなせる顛末だろう。
結局、普段から衝動のままに動いて欲求を満たすことのみを追って来た、「永遠の子供」がなせる顛末だろう。
余談
今回の事件で思いがけず引き合いに出されたのが、知床観光船の座礁転覆事故だ。あの時も無線機の代わりに携帯電話を使用しているなど不手際が問題となったが、謝罪会見の姿勢がここでは注目された。
不手際が問題視され非難を浴びたものの、運航会社社長が自ら土下座までしてマスコミの前で謝罪したことに、あの人のほうがまだ誠意があったと評価されてしまっているのだ。土下座というのは正式な礼法ではないが平身低頭ではあるし、それを自らやった分だけ謝罪の意を感じられるからだ。
これに対して抗議団体や学校関係者の傍若無人な態度は正反対である。人の心を持ち合わせていないと言わざるをえないし、そんな人間が平和だの人命だの語ったところで、どの口が言っているんだとしか思われない。言行不一致はなはだしく、日本のみならず世界中に信用ならない人物ということを自らアピールしている。
いくら普段表面上を繕い、綺麗事を言っていても、こういう難局に直面すると本性が出てしまうのが人間の性だ。だからこそ外面ではなく内面を鍛えることが重要で、子供の自分を捨て「大人」になる決断をしなくてはならない。未熟な自分を認め、ちゃんと責任を取れる「大人」を目指さなくては、社会に居場所などあろうはずがない。


















