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2026年2月17日火曜日

繊細さんのほとんどは、勘ぐっているのを感受性と誤解している

 よく、心が繊細とか、精神が敏感とか、感受性が強いとかいう人がいる。でも、当人の話を聞いてみると、相手の考えとズレていることが少なくない。本当に感受性があるなら100%当たっていないとおかしいのだが、実際にはただの勘違いでしかないことが多いのだ。

 では、なぜこの勘違い(齟齬?)が生まれるのだろうか?


 そもそも人間に他人の思考はわからない


 そもそもの話だが、人間は神様ではない。そして、自分の脳と他人の脳はつながっていないし、テレパシーなどもない。なので、かもしれないという憶測の話はできても、相手の思っていることを読むことはできない。なので感受性というものは厳密には存在しないし、人間には不可能である。これは人間的に冷たいという話ではなく、技術的に不可能であるという話である。

 しかも、それを本人に確認をとったとしても、言葉を介しているため合っているかどうかを証明できない。なぜなら、言葉自体にそごがあるから。単語一つとっても人によってイメージするものや指しているものが違うので、そこでどうしてもズレが生じる。だから、全く同じ意味にならない。これによって思考にもズレが生じるから、同じものを感じたり、イメージしたりすることは不可能である。


 本人に確認をとらず、読めると思っている傲慢さ


 そしてもうひとつ問題がある。それは、感受性が強いという者ほど、本人への確認をそもそもしていないということだ。先ほど確認しても同じものをイメージすることはできないと言ったが、その確認をとならなければもっとズレが大きくなってしまう。

 にもかかわらず自分には相手の思っていることや考えていることがわかるというのは、自分を過大評価している。不可能なものができると言うのは神様レベルの話であり、それを自分は人間の分際でできると言っているのだから、至極傲慢である。それはとんだ勘違いであり、ダニング・クルーガー効果といえよう。



 悪いほうへ勘ぐる癖を認められない


 そうなると、実際には彼らが感受性と思っているものの正体は何なのか?それは、「勘ぐり」である。相手の言動や表情、しぐさを自分の基準に当てはめて、こうだろうと憶測しているに過ぎない。なので、あくまで自分限定の解釈の域を出ておらず、相手の本意は1㎜も入っていない。その証拠に、本人へ確認をとると大体外れている。つまり、相手の考えは全く感じてもいないし、受け取ってもいないのだ。

 さらに問題なのは、自分がこの癖を持っていることを認められないことだ。自分の間違いを認めることとセットになるので、恥の感情から否定してしまい、改善しようとしない。なので、増々事態の悪化へ突き進んでしまう。


 勘ぐるのは、臆病だから


 では、なぜ彼らは悪いほうへ勘ぐってしまうのだろうか?それは、異常に臆病だからである。悪い憶測を立てておけば二の足を踏むから、より深く立ち入いることで受けるストレスや傷つきを防ぐことができるからだ。つまり防衛機制である。

 そして防衛機制が関係しているとなると、生物学的本能に直結するので改善は困難である。トラウマと関連しているケースも少なくないので、改善するには長い期間葛藤せざるをえないだろう。


 改善の第一歩は、自分の憶測を疑うことから


 ならどうしたらいいのか?なかなか難しい問題なので、心理士やカウンセラーを頼るのが最も確実な方法だろう。うかつに友人知人に相談しても世にありがちな一般的なアドバイスになりがちで、表面的な解決にしか至らないからだ。

 ただ一つ言えるのは、自分の憶測や感情、思考を疑う習慣は身につけたほうがいいだろう。今のまま勘ぐってばかりだと決めつけ癖になるので、周囲の人々の反感を買うのは必至だ。実際には他の可能性も多分にあるのだから、「じゃないほう」の考えも持つことで多面的な見方ができるようになるし、冷静になることもできるようになる。

 その結果、余計な感情を抱かなくて済むので、対人関係もこれまでと打って変わって平穏になる。お陰でストレスも減るし、メンタルの安定にもつながる。なので、まずは自分の憶測を疑うようにしよう!




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