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2025年12月16日火曜日

自分で責任をとる者に人も富も集まる <自己責任の拒絶は縁の断絶>

 昔から人間が集まって暮らしていく上で、「責任」というのは否が応でも発生する。殊、悪い結果に対しては、この責任を誰がとるのか、責任の所在は誰にあるのかが非常に問題となる。誰も責任をとらないとなるとお互いに不信感が増幅し、協力関係を築けなくなり、社会が分裂して存続できなくなるからだ。

 しかし、ここ最近「自己責任」という言葉に激しく反応して、ヒステリックに非難の応酬をするシーンをよく見るようになった。中には町会議員という責任ある職務に就きながら自己責任を批判する者まで現れて、炎上を起こす事態になっている。

 ただこういった自己責任を強く拒絶する者で、一定の生活水準や心身の健康を保っているのを見たことがない。貧困だったり、感情のコントロールができておらず何らかの精神障害の診断を受けている者を多く見かける。

 反対に着実に資産を増やしている人や、地位や名誉を得ていて多くの称賛を浴びている人で、自身の責任を全うしていない人はまずいない。この差は結構大きく、結果に関係していそうだ。

 ここでは責任がその後の結果に及ぼす影響について考える。


 自己責任を否定することで起こること


 ではまず、自己責任を否定するとどんな結果になるのか考えてみる。

 ①評判が悪くなり、人が離れて行く
 責任をとらない人と付き合う人なんていない。責任を押し付けられたり、転嫁されたりする恐れがあるから。

 ②お金を融通してもらえず、困窮する
 お金のやり取りは、信用があって初めて成り立つもの。責任をとらない人は信用ならないので、お金を手渡すことは危険でしかない。なので自分で責任をとらない人には、お金の話すら来ない。

 ③困っていても助けてもらえない
 責任感のない人に恩を売っても仇で返される恐れがあるため、リスクを感じてしまう。例え困っていたとしても、そのリスクから助けるのを躊躇されてしまう。

 ④失敗が増え、運も逃す
 ありとあらゆる災難をリカバリーできなくなり、失敗したまま終わってしまう。その結果、どんどん運を逃す無限ループにおちいってしまう。困窮者の出来上がり。


 困窮者は責任の捉え方を間違えている


 とにかく人は責任をとりたくないものだ。これは成功者も同様であるが、困窮者の場合この責任のとの向き合い方というか捉え方を間違えている。

 というのも、困窮者は基本的に固定マインドである。それゆえに

 人間は変えられない → つまり選択肢がない → だから自己責任ではない

と考えている。しかし、困窮者の深層心理は、

 責任から逃げたい → 選択肢がなかったことにしたい → 固定マインドは都合がいい

の順であろう。ただ、この思考プロセスで人生転落している人は山ほどいるが、好転している人はいない。





 成功者は責任を引き受けるからこそ対価を得ている


 では反対に、成功者はどのように考えているのだろうか?成功者の思考は至ってシンプルだ。

 「必要なら、やるしかない」

が基本なので、嫌でもちゃんと責任を引き受ける。「自分の人生は自分の責任。だからやる」と考えるのだ。だからこそ困窮者とは真逆の印象評価になり、人が集まってくる。それは、信用に足る人物であるからだ。

 しかも、人が集まることによって失敗してもカバーやサポートをしてもらえるから、失敗がリカバリーされて成功に転じてしまうケースも増える。そうやって成功の回数も増えるから、おのずと富も増える。結果、人も富も自然と増えるサイクルが出来上がる。だから自分で責任を引き受ける人間になる必要があるのだ。


 なりたいものがあるなら「積極的に」責任をとれ!


 かの名経営者である稲盛和夫氏(京セラの創業者で、日本航空の再建を託された人)の台詞で、「郵便ポストが赤いのも俺の責任、信号機が3色なのも俺の責任」というのがある。いずれも京セラの製品ではないのだが、よそ様のことまで責任をとるつもりで経営にあたっているという覚悟を示した言葉だ。

 一般人がそこまで責任を負う必要はないが、せめて自分の責任くらいは自分で負い、わずかでも自分に変えられる部分があるなら変える行動をしないと、永遠になりたいものになれない。

 責任を自分で積極的にとる姿勢こそが、目標を叶え、成功を引き寄せるのだ。




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