とはいっても、感情論的に非難してもただの愚痴にしかならないので、今回は奪うことしか考えない人間になるメカニズムについて探っていく。
パイを大きくするという発想がない左派
そもそも人から奪わなくても分け前を手に入れる方法はある。それは、パイ自体を大きくすることだ。大きくした分を自分の取り分とすれば、他人の取り分に手を付ける必要はない。つまり、生産である。生産をし続ければ取り合いをしなくてよいから、争いにもならず非難もされない。
それどころか、その余剰分を他人へ分け与えれば、自分の株や評判が上がる。その結果人間関係も円滑良好になるので好循環が生まれ、お互いにwinwinになって協力関係も生まれるからより豊かになれる。
だが残念なことに左派にこの考えが一切ない。パイの大きさは決まっているものと始めから決めつけている。だから余剰分がないので、他人から奪うしかないという発想に至ってしまう。
常に受け身の左派
私はよく左派は受け身なのが問題というのを指摘しているが、この姿勢がここでもトラブルの元凶になっている。もっというと、左派はハッキリ役割分担をさせようとしていて、自分らは受け取る専門というポジションでいようとしている。
その姿勢は様々なところで見えている。何でも補助金を要求するのもそうだし、何でも権利権利と主張してタダで奪取する方法ばかり選ぶし、サービスや手続きに関しても誰かが代わりにやってくれるのを期待してばかりいる。これらの行為で動いているのは周囲ばかりで、自分では何もしていない。どれも受け身である。
パイを大きくするのに消極的な理由
ではなぜ左派はこういう考えになるのかというと、左派は損やリスク、苦労、格差といったネガティブな要素を受け入れる器が全くなく、あまりに潔癖だからだ。というのも、彼らは精神的な幼さを持っていて感情のコントロールが不得手であるために、不快感を避けるべくネガティブなことを排除してしまうからだ。
なのでとにかく労を惜しむ。嫌なことは一切存在してはならない、不快なことは損でしかないと安易に考えているから、結果や利益が出るとわかっていても苦労をしなければならないという時点で苦痛なものというレッテルを貼ってしまう。
このことから左派にとってパイを大きくするという行為は、現実には利益が出ていて得してしたとしても、彼らの頭の中では苦労させられたから損としか認識されない。
このことから左派にとってパイを大きくするという行為は、現実には利益が出ていて得してしたとしても、彼らの頭の中では苦労させられたから損としか認識されない。
奪う一方なのは需給バランスが取れないから崩壊する
ただこれも私が度々言ってきたことだが、奪う一方の関係はこの世の中で持続しない。生産者1人に対して消費しかしない人が1人という関係は、バランスが取れないからだ。というのも、生産者もひとりの消費者であるから、生産1に対して消費が2になるので絶対的に足りなくなるからだ。これを成り立たせるためには生産者1人で2人分を作らなくてはならなくなるので、過労におちいってしまう。この非人道的なことを、左派は他人へ課そうとしているのだ。
生産にかかわる苦労は応分負担でないと回らない
結局、苦労しないで生きていくなどというのは土台不可能である。それこそ嫌なことの押し付け合いになるだけで、誰も得しない。左派はいい加減堪忍して、自分の愚かさ、甘さ、未熟さを受け入れ、精神的に成長しないと食えなくなる。
特にここ近年、社会変化が加速しているのでマイペースを保っているとドンドン取り残される。もう、一刻も早く重い腰を上げ社会参加し生産的なことをしないと、自らの首を絞めることになるだろう。
特にここ近年、社会変化が加速しているのでマイペースを保っているとドンドン取り残される。もう、一刻も早く重い腰を上げ社会参加し生産的なことをしないと、自らの首を絞めることになるだろう。

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