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2026年2月13日金曜日

天才絵師葛飾北斎の笑えるエピソード

 江戸時代の天才浮世絵師「葛飾北斎」。一般には腕利きの絵師としてのイメージを持たれているが、私生活を調べていくととんでもない面が。これ、北斎じゃなかったら笑えないよなというエピソードがあるので紹介する。


 異常な引っ越し回数


 葛飾北斎は非常に長生きで88歳で没したのだが、75歳までに56回転居し、生涯で93回転居したらしい。年齢よりも転居回数のほうが多いのを見ると、1年で2回転居した年もあった訳で、あまりに異常すぎる。

 あまりに絵を描くことに熱中し過ぎて家を散らかしてしまうためという話があるが、どうも父同様絵描きとなった三女のお栄が離縁して同居するようになって二人でやらかしたという人もいるらしい。まあ、この親にしてこの子ありなのか・・・。




 数多い芸名


 北斎は数多くの芸名(画号)を名乗った。有名な葛飾北斎もそのひとつで、この他にも「勝川春朗」「菱川宗理」「辰政」「為一」「戴斗」など、約30ほどあるようで、さすがに気まぐれ過ぎる。実は本名もいろいろな説があって、未だ判然としていないらしい。 


 キラキラネーム


 そんな数ある芸名の中でも、珍妙なものも多いのが北斎だ。「画狂人」「卍翁」「卍老人」の他、「画狂老人北斎」「画狂老人卍翁筆」ならまだいいほうで、「齢七十二画狂老人卍筆」「八十七老卍筆」など年齢を入れたものから、「紫色雁高」「鉄棒ぬらぬら」とかもはや意味不明なものまである。

 ちなみに
誓教寺にある墓石には「画狂老人卍」と書かれていて、やはり意味不明である。まあ、早すぎたキラキラネームなのか?


 トイレに行くのも面倒


 江戸時代にもトイレ(当時は厠といった)はあったが、制作活動に没頭して行くのが面倒だったらしく、尿瓶を愛用していたらしい。冬場にいたってはこたつから出ない生活だったとか。


 料理はしない


 北斎も娘のお栄も料理をしなかったらしい。なので、貰い物や買ってきた物など、出来合いの物をそのまま食べたそう。まあ、絵を描くこと以外物臭な二人だから、そうなるわな。




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