他の人から見ても疑義を呈することが多いようで、結構批判が殺到し、時には炎上にまで発展することも少なくない。ハッキリ言って、本人も報道陣も「個々」の貧困におちいる要因をキチンと把握していない、真偽を確かめていないのが丸見えである。
お金が無い=貧困という単純思考
ルーズで甘い杜撰な家計管理
お金が無い=貧困という単純思考
では、なぜこのようなアホな判断になるのか?それは単純で、お財布の中にお金が無いというだけで貧困と決めつけているからだ。生活実態の映像を撮っているにもかかわらず、そのことは勘案せず、ただ単に残金の有無だけで決めつけているのだ。
実際にT局のニュース番組に出ていた男性は、割引品ばかり買って節約していると言っていたが、そもそもそれが定価の高い高級品のヤクルトだった。
その上、冷蔵庫の中はギッシリと埋まっていて、一人で食べきれるのかどうかわからないくらい買い込んでいた。食べきれなくて消費期限を過ぎたら無駄使いになるため、お金が足りないのもその無駄な買い物のせいと普通は考えるが、アホは使ったお金は頭になく残金しか見えていないようだ。
ルーズで甘い杜撰な家計管理
この手の人によく見られる傾向として、割引品さえ買っていれば節約になると思っていることだ。総額が頭にないので、割引品であってもたくさん買い込めば出費が増えるということがわからないのだ。それは、家計管理ができていないということでもある。
そして、こういう人は口では「お金が足りない」「お金が少ない」とよく言っているが、実際には「お金の使い方」がわかっていないので、真に受けてはいけない。こういう人物は有り金を全部使い切ってしまうので、いくらお金をあげても足りないと言ってきて無心してくる。切りがないし、懲りないのだ。
お金が無い現状より、プロセスが重要
大体、お金が無くなりさえすれば皆「弱者」という単純思考があまりに身勝手で乱暴だし、弱者やマイノリティという言葉を免罪符や権力として悪用している。杜撰な家計管理まで弱者の範疇にしてしまうのは責任転嫁であり、そうさせたのは社会のせい、みんなのせいとしてしまうのは本人のためにもならない。
こういう悪事に騙されないようにするためにも「お金が無い」という表面の訴えよりも、なぜお金が無くなったのかというプロセスを必ず確認することが重要だ。無駄を省くことなく、できる工夫もせず消費していたらお金がいくらあっても足りなくなるのは当たり前なので、そういう問題点がないかチェックするのは必須である。
自分を省みることをしない人間に、窮状を訴える資格はないのである。
自分を省みることをしない人間に、窮状を訴える資格はないのである。

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