ただこの共産主義者の議論は意図的に報酬額のみに限定しているので、他の部分の不平等や公平性を無視している。そのため、経済全体、仕事全体というマクロの視点で見た時に、本当に平等なのかは甚だ疑わしい。実際にはこの点を無視したがゆえに反って不公平が強まり、全ての共産主義国が失敗し、そのほとんどが共産主義経済を廃止せざるをえなかった。
そこで今回はこの再分配について、富だけではなく労働や責任、リスクといった総合的に、もっとマクロな視点で公平性を見ていく。
立場による職務内容とプレッシャーの違い
よく労働者というか左派の人たちは富は労働者が生み出しているというが、それは正確ではない。実際には、経営者が編み出したノウハウと資本家が出した資金がベースにあり、そのモデルと資金を借用して労働者が稼いでいる。
なので労働者が全ての苦労を負っているというのは間違いだし、経営者や資本家がそれを横取りしているというのも間違いだ。労働者も労働者で経営者や資本家に背負ってもらっているものがあるし、何よりそのお陰で飯を食わせてもらっている部分も多分にある。
それにそこまで文句を言うのであれば、経営者の代わりに経営を担ってはどうだろう?恐らくほとんどの人が、他の従業員の雇用維持や倒産へのプレッシャーを感じて、尻込みするに違いない。いざ経営となると、怖すぎてできないと大半の人は思うはずだ。
そう、経営の仕事は責任が重すぎてプレッシャーは労働者の比ではない。それゆえ皆やりたがらないので、報酬を上げないと担い手がいない。にもかかわらず、報酬の均衡化をしたらどうだろう。額面の平等は叶っても、仕事内容と責任の重さの不均衡は生じるので、経営者や資本家はやってられないだろう。
富を再分配するなら、責任とリスクも分配しないと崩壊する
なので、富の再分配もするなら、責任やリスクも応分負担にしないと不公平になるので、やがて皆やってられないからと職務放棄をするのが見えている。裏を返せば、責任とリスクを他人へ押し付けられる立場にいるから、報酬が低いとも言える。
富だけを再分配しても、職務の不均衡を是正しない限り、その表面上だけの平等は維持できない。そうさせないため、組織を崩壊させないためという側面が格差にはあることも知っておかなくてはならない。
それに経営を続け高い報酬を得るためには、常にアイデアを出し続ける必要もある。果たして労働者にそれができるだろうか?多くの人はそんなの無理だと思うに違いない。多くは言われたことだけをやっている方が楽だと思うことだろう。そう、経営者や資本家と比べて、労働者のほうが精神的には圧倒的に楽なのだ。
額面の平等だけ考えていたのでは解決しない
よって、左派の言うような報酬額のみに絞った平等・再分配は、余計不公平が増し、崩壊につながる。実際、多くの共産主義国が潰れたのもこれが原因で、痛み無き平等なんて成立しない。富の再分配をするならその加算分の責任とリスクが発生するというのをわきまえておかないと、組織は簡単に自滅するのだ。
それに、何も責任を負わないで金だけとっていく人なんぞ、誰が信用するだろうか?少し考えればわかりそうなものだが?富の再分配なんぞ、そう単純な話ではないのだ。報酬を上げるのであれば、労働者側も改革しなくてはならないのだ。

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