こういう政治にまつわる話題となると、批判合戦になることがしばしば見られる。批判は問題の洗い出しになるので、論点の提供という役目はある。
しかしだ。
批判の応酬をしているだけでは解決には繋がらないので、全く生産的ではないし、いつまでたっても問題は解決しない。加えて、批判をしている最中というのは、自分の中で正義感に浸っているので快楽を感じている。それだけに、批判をしているだけで何か成し遂げたかのような快感を得てしまって、何も成し得ていないのに満足してしまう。
なので、批判ばかりしていてはダメで、代替策を講じなければならない。
が!
批判にばかり終始していて、代替策を持ち合わせていない人がいかに多いことか。特に左派・リベラル層はこの傾向が出やすい。
右派は解決策を出しやすい
右派は実力成果主義、現実主義、小さな政府、身の丈に合った行政など、コンパクトと妥協を容認するから立案の難易度が低い。それゆえ、厳しく冷徹ではあるものの代替策を提示しやすいし、実効性も高くなりやすい。
そしてなぜこの判断になるのかというと、いつまでも理想を追い求めていると話がまとまらず、合意に至れず、永久に実行に踏み切ることができないからだ。その結果として成果を出せないこと知っているので、枝葉末節はあきらめてぱっぱと決断し、結果にコミットすることが重要だと考えているからだ。
さらにアドラーではないが、右派は嫌われる勇気を持たないとこういった決断ができないことも、よく心得ている。それは全ての人が満足する玉虫色の解決策などないことを、重々理解しているからだ。
左派が解決策を出せない理由
これに対し左派・リベラルは全く逆だ。利益の等配分、理想主義、大きな政府、採算度外視を標榜している。これらすべてに当てはなるのが、社会的矛盾や両立不可能なことをはらんでいたり、非現実的なことを求めていたりすることだ。
特に理想というのは際限がなく、求め始めると無限に膨らんでいく。しかし現実的には、資源にしても、人材にしても、資金にしても限りがあり、無限に理想を叶えることは不可能である。よって絶対に妥協をせざるをえなくなるのだが、それは理想の世界ではなくなるため、左派にとっては敗北でしかない。だから妥協もできないジレンマにおちいって堂々巡りになり、解決策を見出すことができなくなる。
だから左派は常に解決策を提示することができず、そこを突っ込まれるのを避けるためにただただ理想と人道への訴求に逃げてしまう。
解決策を出せない者は、結果的に全員を見殺しにする
そしてこの左派が解決策を見出せないことの最大の問題点は、事態が進展しないことで多くの人を見殺しにすることだ。策がないということは何もしないということになるので、「全員」を見殺しにせざるをえなくなる。結果として最も被害者を増やすことにつながるので、最大の加害者になってしまう。なので左派は社会に貢献することはなく、むしろ被害を拡大するしかなくなるので世の中にとって不利益でしかない。
理想論では世の中の問題を絶対に解決できないことを、よく肝に銘じることだ。
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