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2026年3月27日金曜日

枯れた井戸を一生懸命修理しようとする人たち




 ここ最近、行政の財源や労働者の給与について考えることがある。少子高齢化で先細りの状況にあって、みんな一生懸命システムのせいにしているなと。

 それは例えるなら、水脈が枯れかかってるのを、みんなで井戸のほうを直そうとしているのと一緒だなと。いくら井戸を直したところで水量そのものは変わらないのに、出水口が少ないだことの、パイプが細いだことの、水圧が足らないだことの言っている。そして、もしその工事をやってしまったら残った水も早々に使い切ってしまい、本当に枯れて使い物にならなくなる。それはあまりに滑稽だ。

 大体、人間というものは本来愚かなもので、困窮したり、焦ったり、危機に瀕したりすると知能が下がって、ろくな決断をしない。こういう時の判断は大体浅はかで、一番最悪の行動をとってしまうものだ。ちなみに先ほどの井戸の答えは、さっさと見切りをつけて新しい水脈を探して井戸を掘り直すのが正解だ。

 お金に関してもそうで、今ある財源や資産だけに注目しても、正直誰かを犠牲にするか、早くに枯渇してみんな困窮するかしか末路はない。債券の発行も従来のやり方に過ぎないので、打開策にはなりえない。もっと新しいことを試さないとダメなのだ。それも何回も。つまり、フロンティア精神だ。

 だが、多くの人はやらない。なぜなら、不確実性がどうしてもつきまとい、恐怖心にさいなまれるからだ。どうしても、多くの人はサンクコストを考えてしまう。新しいことを始めたはいいが失敗したら損失を追ってしまうから、むしろマイナスになりかねない。それだったら、今あるものにすがったほうがまだ安心であると考えてしまう。

 特に人間は、今生き死にに関わるがゆえに目の前の安心感へのウエイトが大きいから、どうしても新規開拓よりも既存のものにすがることを選択しがちである。でもそれは、将来性が皆無で先細りにしかならない。そしていざ金品が尽きると、お互いに責任のなすりつけをして阿鼻叫喚になり、人々はいとも簡単に醜態を晒す。これが今の先進国に起きている惨状だ。

 いくらシステムや制度を改変したところで、今あるものにすがっているようでは何も解決しないのだ。新しい分野や収入源を開拓しない限りは、今ある生活を維持することすら叶わない。これは個人単位でもそうで、依存→開拓へ方針転換できるかが今問われている。




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