そして後者のほうは、何かと損をしたり、トラブルになりやすかったりする。どうして言葉を大雑把に扱うと損をするのか?
言葉の扱いが大雑把とは、どういう状態か
そもそも言葉の扱い方が大雑把とは、どういう状態のことを言うのか?実例を挙げて説明する。
「仮に、障害者支援を訴えるA党がある。障害者支援を訴えているので、当然支援者に占める障害者の割合が高くなる。ただ、社会全体では障害者の占める割合は極少数なので、必然的にA党は少数偏重の政策を採る。」
「仮に、障害者支援を訴えるA党がある。障害者支援を訴えているので、当然支援者に占める障害者の割合が高くなる。ただ、社会全体では障害者の占める割合は極少数なので、必然的にA党は少数偏重の政策を採る。」
と言った時に、同意の意味で「ああ~、そうかも」という返しをするのは、大雑把な人といえる。なぜかというと、上記の例文は数字こそ書かれていないが割合について話題にしているので、数学的な話をしており、答えも明解である。
にもかかわらず、「そうかも」という言葉を使っており、相手の気分を害しているからだ。というのも、「そうかも」という言葉は完全同意ではなく、「そうとも言い切れない」というやや否定・疑いのニュアンスを含んでいる。結論が明確に出ているシチュエーションで、「そうとも言い切れない」というニュアンスを含む言葉を使うとなると、相手からしたら「否定」に他ならないので、反感を持たれてしまうのだ。
言葉の扱いが大雑把であることのデメリット
では実際に言葉を大雑把に捉えてしまうと、どんなデメリットがあるのだろうか?複数考えうるので、ひとつひとつ見ていく。
学業の成績が上がらない
まず一つ目は、学業の成績が上がらないという問題だ。というのも、大雑把に捉えていると細かい心情や論理構造、頻度・程度などの数的な感覚なんかを見落としてしまう。正否、善悪、あるなし、明暗、正誤、上下など、単純な二択でしか思考できなくなり、それでははかり切れない多くの問題に対処できなくなる。
当然読解力もつかないので問題文を読み誤るし、それゆえに誤答もしやすい。
当然読解力もつかないので問題文を読み誤るし、それゆえに誤答もしやすい。
対人関係の悪化
これも起きがちだが、対人関係もすれ違いが多くなる。言葉の細かい違いを汲み取らないので相手の言っていることを読み誤り、誤解によるすれ違いが生じやすくなる。しかもこの場合、自分はわかっているつもりでいるものの相手からしたら全く通じていないという認識のズレも大きくなるので、怒りを買う可能性が高い。
反対に、自分が話す時には言葉の誤用が生じるので、本来自分が伝えたかった意図とは別の意味になる文章になってしまい、相手に間違った情報や印象を与えてしまう。これも対人トラブルの素になるので問題である。
深い読解力がつかない
このデメリットも大きい。大雑把であると何となくの雰囲気しか汲み取れないので、深いところの理解が進まない。そのため、相手の本音や物事の本質、将来の推察、出来事の根本原因などのような奥に潜む内容に触れ、読み解くことができなくなってしまう。
その結果、常に浅い考え、浅い理解に留まってしまい、知識や経験、知恵、考察が深まらず、短絡的になってしまう。
そうなると文学や映画、ドラマなんかを見ても表面上のドタバタ劇だけは楽しめても、その奥にある人間模様まで楽しむことができないし、作者の意図を知ることもできない。
そうなると文学や映画、ドラマなんかを見ても表面上のドタバタ劇だけは楽しめても、その奥にある人間模様まで楽しむことができないし、作者の意図を知ることもできない。
社会生活でもつまずく
それと社会生活においても影響があるだろう。契約書や約款を読み間違えて損をしたり、何となくで判断して取り返しのつかないことになったりも少なくない。世の中にはたくさんの約束事や通達があるが、そういう社会的なものは細かいことが多いので、大雑把だと適用外に気付かないだろう。
管理もガバガバになるので無駄も増えるし、下手すると損していることにすら気付けないケースも生じうる。
管理もガバガバになるので無駄も増えるし、下手すると損していることにすら気付けないケースも生じうる。
言葉を丁寧に扱うには
では、これらのデメリットを防ぐには言葉を丁寧に扱う必要があるのだが、そもそも丁寧に扱うという感覚がわからない人もいることだろう。そこで丁寧な言葉の扱いとはどんなものか紹介する。
助詞や接続詞を漏らさないこと
実は大雑把な人は、名詞や動詞などのメインの単語だけを抜き取って聞いているパターンが結構ある。しかし、文章全体の意味や関係性は助詞や接続詞が担っていることが多い。例えば、否定を表す時には「~ない」という助詞を使うし、反後の場合は「しかし」という接続詞を使う。過去を表す時には「~た」という助動詞を使うし、憶測の域を出ない場合は「~かも」という助詞を使う。
こういう助詞や接続詞を省いてしまうと、文全体の意味がわからなくなる。なので聞き漏らしてはならないのだ。
こういう助詞や接続詞を省いてしまうと、文全体の意味がわからなくなる。なので聞き漏らしてはならないのだ。
単語の意味と文法を厳密に
言葉が雑な人は、似たような単語の意味を一緒くたにする傾向が見られる。しかし、厳密には細かい違いがあって、相手がその違いを踏まえて使っていた場合に意味を取り違えてしまう。
そのため、単語ごとの違いやニュアンスも踏まえてなければならない。これは文法にも通じ、これを守らないと齟齬が生まれ、すれ違いの原因となってしまうのだ。
自分がどう言うかではなく、相手にどう読まれるかで考える
言葉というのは、相手が聞いてくれて初めて役に立つ代物だ。そのため、相手に伝わらなくては意味をなさない。自分が何をどう言いたいかよりも、その文が自分の言いたいこととマッチしているかが重要である。そうでないと、相手に伝わらないからだ。
だから出任せに言葉を用いるのではなく、間違いのない言葉のチョイスが必須である。その指標として、自分の文が相手にどう読まれるかを推測することが欠かせない。
言葉を適当に扱ってもいいことはない
ここまで見てきたように、言葉を乱雑に扱ってもいい結果にはならない。適切に読み取り、使うことが損しないための最低条件だ。特にここ近年はネットの情報量が加速度的に増えており、これに伴って言葉の量も人間のキャパオーバーになるほどあふれている。これによりより受け取る側も発信する側も慎重さが求められており、言葉の精度が重要になってきている。
言葉を適当に扱うのをやめて、もっと丁寧になる必要がある。

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