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2026年8月22日土曜日

氷河期は本当に存在したのか? バブルを基準に勘違いする人たち



 ここのところ。就職氷河期が話題に上ることが増えた。正社員になれず苦労したとか、そもそも採用されず200社落ちたとか、非正規雇用で食いつないで今もそこから抜け出せないとか、酷い場合には引きこもってしまったとかだ。そしてその矛先を政府、政治家、政党、竹中氏、官僚、会社、富裕層などのいわゆる強者へ向けることが多く、それがエスカレートして暴言にまでなる場合も見られる。

 だが、これが本当に強者のせいなのだろうか?そして、言うほど氷河期は厳しかったのだろうか?もっと言うと、イメージに流されてないか?


 データで見る氷河期


 これはデータで見ないと何とも言えないので、「就職氷河期世代論のウソ」(扶桑社)という本を参考にする。

 まず見たいのは大手企業に関してだが、実は求人はほとんど減らしてはいなかった。実際に大手に就職できた学生の数もほとんど減っていない。バブル期(1988~1992)の平均就職人数は11.67万人だったのに対して、氷河期(1993~2004)の平均は10.43万人なので、約10%減にしか過ぎない。

 さらに後期氷河期とポスト氷河期と比べても、就職者数の差は6万人程度、無職・フリーターも6万人程度だった。53~54万人の卒業者数の時代で6万人の差だったので、これまた11~12%の差に過ぎない。

 もう1つ面白いデータがある。大学卒業時点で無職・フリーターだった人のその後だ。30代前半までには75%が不安定雇用から脱し、40歳の時点となると85%にまで達していた。つまり、氷河期で正社員になれずそのまま非正規雇用から抜け出せなくなっている人が大勢いるというのは全くのデマで、多くは正社員登用になっていたのだ。


 デマのきっかけは、バブルのせい


 ではなぜこのデマが生じたかだ。それは恐らくバブル末期の時の異常な就職者数の高さが原因と捉えている。

 新卒求人数がバブル後期に840,400でピークを迎え、氷河期で390,700まで急落している。新卒で大手に就職した人数で見ても、バブル後期で一旦14.56万人になった後、氷河期で10万人前後で推移している。このギャップで激減したように感じたのだろう。

 ただバブルはかなり異常値で、それ以外の期間と比べると氷河期もなだらかな右肩上がりで推移しており、決して低いわけではない。つまり、バブルの頃が突出していて、それに惑わされているだけなのだ。


 非正規のままなのは氷河期のせいではない


 このことから非正規ままなのは極少数派だというのは明白で、皆あおりを受けたというのはデマである。それどころかバブル前と比べてもむしろ雇用状況は悪くなく、むしろやや良いくらいである。

 ということは、時代のせいにしている人が非正規のままなのは、本当は氷河期だったからではない。全く別の理由であるということだ。


 比較癖と不幸マインド


 では氷河期世代で非正規のままである理由は何だろうか?氷河期を理由に不満を訴える人の発言や書き込みを見ると、その傾向が見える。

 それは、比較癖だ。バブル期からの急落に着目していることから、比較をしていることがわかる。この比較癖を持っている人の特徴として、他人との比較と上位との比較という2つの悪癖がある。

 他人との比較がなぜ悪いかというと、自分の意志では変えられない相手との対比であるため、自分の人生も変えられないと思う原因を作ってしまうからだ。それと、相手に対して嫉妬心が生まれることで認知の歪みを生じさせたり、逆恨みや攻撃に転じたりすることもあるのが問題だ。そのせいでもっと惨めな自分を自ら作ってしまい、余計に没落させてしまう人も少なくない。

 上位との比較も悪い結果をもたらす。目標とするための対上位比較だったら前向きに進む原動力となるが、比較癖のある人の場合は自分が不幸であることを証明するためにやるので、悪い結果にしかならない。自分はこれだけ恵まれていない、こんなに運がないという理由を得るために比較しているので、自分の意欲を奪う。それどころか、不幸を盾にした揺すり、たかりをし、配慮を求めるような依存した生き方しかできなくなる。いわゆる、テイカーやクレクレ星人といわれる人だ。

 こういう比較癖を持つと、次第に不幸マインドが身についてしまう。何やっても上手くいかない、自分にはできるはずがないという無意識の前提を作ってしまい、そうなるように自分から仕向けてしまう。そう、不幸になるべくして不幸になるというサイクルにはまるのだ。


 自分の失敗を認めないために使われる氷河期


 結局、就職や収入が思い通りにいかない理由に氷河期をあげる人は、そういった自分の無意識のマインドに気づいていない。指摘して自分の失敗を目の当たりにさせても、多くは全力で否定するだろう。こういった人は自分の汚点から逃げることを処世術としているので、認めることは害としか認識しない。その口実として氷河期は最も都合がいいのだ。時代や他人のせいにできるので、自分のツケを払わない言い訳が立つからだ。

 しかし、そのツケからは逃れられない。嘆いているようでは何も変わらず、落ちこぼれていくばかりで、増々不遇になる。今不遇になっているのは、そのツケが回っているからだ。苦しいのはそれだけツケを残してきたからで、なるべくしてなったのだ。


 重い腰を上げないことには始まらない


 以上のことから、とにかく比較癖を止めること。できない理由を探すのではなく、できる限り早く決断することが何より重要である。自分の人生の責任を他人はとってくれないのだから、他人を当てにしていても何も変わらない。自分が動くしかなく、自分が変わらないことには未来は変化しない。

 何より、氷河期が終わってもう20年以上経つのだから、いつまでも氷河期を口にするのはお門違いだ。




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