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2026年10月6日火曜日

アクシデントが念頭にない底辺層、アクシデントがある前提の上位層



 物事に対する捉え方というのは、結構階層によって傾向が分かれるものだ。特に先の見通しや不測の事態に関してはハッキリ分かれやすい。というのも未来のことは不確定なため、どうなるか結果がわからず、恣意的な解釈が加わりやすいからだ。ただこの捉え方の差が後々大きな差となって人生に影響を及ぼすことが多い。

 そこでここでは上位層と底辺層の捉え方の差異と、その後待ち受けている末路について明らかにしていく。


 アクシデントが念頭にない底辺


 底辺層の傾向として、アクシデントや疾病、時代の変化など、流動的かつ不測の事態を念頭に入れていないという特徴がある。ネガティブなことを考えたくないとか、貴重な時間やお金や労力を好きなことにしか使いたくないとか、そもそも不測の事態が起こるかもしれないという危機意識が全くないなどの理由で、念頭にない傾向にある。

 でも現実には、病気やケガで休職するかもしれないし、親が亡くなって葬儀や遺品整理などで大金がかかるかもしれない。時代の変化が早まってリストラされることもありうるので、無職の期間中は貯蓄がないと生活できなくなる。

 しかも、そういうリスクは無限にあるものの、予防できたり、段階的に進行したり、一時しのぎができたりして、その間に対処が可能なケースが少なくない。にもかかわらず底辺層は考慮していないから何の備えもしておらず、防げたはずのアクシデントが多発したり、タイムラグを作れずにたちまち行き詰まったりしてしまう。

 さらに問題なのは、何も考えずに来ているばかりにアクシデントが突然意図せず起こったと勘違いをしていることだ。本当はわかり切っているものや予兆があるものも多いのに、それを見ないできているから自分の不手際だという自覚がないし、注意をしても聞く耳をもたない。それどころか他責思考による責任転嫁と保身のための自己正当化によって、自分は悪くないと言い張る者もいるだろう。だからアクシデントに見舞われると、大きな損失を被りやすいのだ。


 わずかでも起こりうるものは必ず考慮に入れる上位層


 反対に上位層を見ていこう。上位層の人たちは、基本的にアクシデントある前提で考えている。何のアクシデントもなく物事が全て順調にいくなんていう好都合なことはないというのを理解しており、そのために最悪な状況を想定しておくことを基本とする。

 そうなるとコストが必ず生じるから、あらかじめ余裕を確保しておくことを怠らない。そしてその余裕を作るために諦めたり、妥協したり、持越ししたりして節約に骨を折ることを辞さない。だから嗜好品を控えたり、衣服をファストファッションでまとめたり、消耗品はまとめ買いで単価を抑えたり、はたまた衝動買いを抑制したりする。

 そうやって捻出した余裕があるからこそアクシデントに対処することができて、難局をやり過ごすことができる。


 なぜ底辺はアクシデントを考慮しないのか?


 ここで疑問なのは、なぜ底辺はアクシデントを考慮したがらないのかだ。それは1点として、極力コストを抑えて無駄なことをせず、利益の最大化をしたいというのがある。そしてこれに伴って、利益が減るのが惜しいというのがある。特に最終的かつ現実的な利益の最大化ではなく、最も都合よくいった場合を基にした理想的な利益の最大化に価値観を置いているため、このような判断になるのだ。

 確かに都合よくいく確率は0%ではないが極めて近く、上位層からしたら皆無といっていいほどである。実際、何事もアクシデントがなく順調にいった人など古今東西どこにもおらず、皆何かしらの難局を経験している。正直、大甘と言わざるをえない。

 にもかかわらず底辺がそろいもそろってご都合主義に傾倒するのは、白黒思考があるからだろう。どの程度の確率があるかという”割合”で考えず、有るか無いかの”二択”でしか考えていないから、何をやっても確率が半々という誤解をする。彼らの中には1:99とか0.1:99.9という感覚がなく、常に1:1なのだ。

 加えて彼らは失敗続きで余計に出費がかさみ常に切羽詰まっているから、思考力が落ちている。そのため切羽詰まった状況を打開するには一発逆転しか方法がないという考えにおちいりやすいのもあって、それがさらに失敗を呼ぶことになって負のループにはまっていく。どこかで観念して理想を捨て、地道な方法へ切り替えない限りこのループは止まらないだろう。

 昔から上手い話には裏があるというのだから。




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