頭が良い人の考え方、悪い人の考え方

最近はネットやSNSの普及で、いろいろな人を見たり触れ合ったりする機会が増えた。その中で、奥の深いことを言う頭がいいと思われる人もいれば、もっともらしいことを言っているようで底の浅さを感じる残念な人もいるだろう。そして、そこにはそれぞれ共通点があるのではないか。

そこで今回は、そんな頭がいい人と悪い人ではどんな特徴があるのか分析してみる。

スイッチかチューナーか


何か選択肢を与えられたときの判断のし方に特徴がある。それは、どれか一つにしぼってしまって他は全部捨ててしまうのか、それともその時々で配分を変えながらも複数の選択肢を残しているのかだ。

頭が悪い人は一つにしぼりたがる


一見どれか一つにしぼるのは、退路を断ち覚悟を決めているようで恰好はいいし、もしそれが当たれば大化けして大きな利益を得ることができるかもしれない。しかし、その一つが失敗したら代替手段が一切ないので、損失を補てんできず負債を全て背負うことになる。頭の悪い人たちはこれをやりがちである。

メンタルにおいてもそうだ。よく巷ではポジティブになれとか、ポジティブな言葉を口にすると人生好転するとか言われるが、頭の悪い人はこれを曲解して全ての物事をポジティブシンキングという一つの考え方で捉え固執してしまう。

するとどうなるだろうか、慎重にならなくてはいけない時でも安易に考えて墓穴を掘るなんてことになるし、全てをポジティブに考えようとすることでネガティブな感情の行き場が無くなるから、ストレスが蓄積されていって結果的に抑うつ病や双極性障害などを発症する。

このように頭の悪い人は、まるでスイッチのON/OFFの切り替えのような判断をする傾向が見て取れる。これを世間ではゼロ百思考とか白黒思考とかいうが、これダメだと言われるゆえんはここである。

頭がいい人はいろいろなことに広くかかわる


反対に、頭がいい人はこの辺がわかっているから、しぼるということをしない。全力を傾けない状態で「複数」のことに足を突っ込むから、大化けすることはないけれど、どれか一つがダメになってもダメージを抑えることができるし、他の選択肢が残っているからそちらで損失を補てんし、リカバリーすることもできる。

大体、どんな物事でも一つ一つの成功率はごく少数だから、1個にしぼってしまうのはリスクがあり過ぎる。だが、それぞれに傾ける力は微量であっても、複数の物事に手を出しておけば数打ちゃ当たるの論理で一つくらいは上手くいくものが出てくる。その段階でそれぞれのウエイトのバランスを調整するのだ(それでも一つに全力を傾けることはせず、保険として他の選択肢も少し残している)。それは、楽器のチューニングをするかのようである。

メンタルにおいてもこれが言える。ポジティブシンキングとネガティブシンキングでは、ポジティブシンキングのほうがパフォーマンスが高いのは言うまでもないが、新たな学説によると、ポジティブ80%、ネガティブ20%と両方の要素を持っている人が一番パフォーマンスが高かったそうだ。つまり、頭のいい人はここでもチューニングしていたわけだ。

ネガティブな感情というのはとかく嫌われがちだが、実は生活に必要な要素でもある。書類に不備が無いか確認するのはネガティブ思考が働くからだし、安全運転を心がけるのもネガティブな事態を想定するからである。ネガティブな要素のお陰で生きながらえている部分も多いのだ。

つまり、どれか一つ選択するのではなく、どのくらいの「配分」にするかが重要なのである。

比較するか否か


シングルフォーカスだからかもしれないが、決まって頭の悪い人は比較をしない。自分の最初のやり方に固執して、他の上手いやり方を探そうとしない。他人から他の上手いやり方をアドバイスされても、比較検討をするどころか、意地でも最初のやり方にこだわる。

マネーの世界でもそうだ。宝くじは数ある金融商品の中でトップクラスで成功率が低いことが、金融の世界では知られている。それはそうだろう、当選金よりも多く宝くじを売らないと経営が成り立たないからだ。仮に当選金が10億円なら、10億円+諸経費分のハズレ券を売らないといけない。それを300円で割ればハズレ券の数が340万枚ほどと概算が出る。つまり、当選確率は0.00029%というわけだ。

それに引き替え国債なら、大化けはしないが元本保証があるのでまず失敗しないから、確実にお金が増える。他の投資は多少リスクがあるが、長期投資とリスクヘッジを行うことで、50%以上の確率(年利換算だったら2%程度)で資産は増える。

そもそも、証券会社は手数料商売だから、顧客が儲かっても経営が成り立つ。顧客を損させる必要がないのだ。そのことを踏まえても投資のほうが成功率が高い。だから、頭がいい人は宝くじなんぞ買わずに、投資をする。

だが、頭が悪い人は比較をしないから、宝くじ単品でしか考えず、他の効率の良いやり方を見ない。根底に二極思考があるから宝くじの成否しか頭にないので、当たり/ハズレの二極で考え、確率を考えられない。しかも、自分の考えを曲げるのはメンツにかかわるようで、自分の選択が愚かであることを認めたくないから、やり方を変えない。だから、事実頭が悪い人のほうが、宝くじを買う割合が高く、散財する人が多い。

頭が悪い人の判断基準は好き嫌い


頭が悪い人は、多くのことを好みで選ぶ。上記のことにも通ずるが、判断基準が効率や成功率ではなく、好き嫌いである。例え成功率が高くても嫌いと思ったらやらないし、成功率が低くても一度手を出したら固執する。割り切ることができなくて、素直さや臨機応変さがない。

反対に頭のいい人は感情を切り離して考えるから、好みをそれほど重視しない。それよりも上手くいくほうに切り替えて、ちゃんと結果を出すほうを選ぶ。望む未来を手に入れるのに、こだわりがないのだ。だから、臨機応変に対応して、要領がいい。

一方頭が悪い人は、手段にこだわる。例え結果を出したとしても、それが他人のやり方だった場合は、激しい屈辱を感じるようだ。そうなるくらいだったら、いっそ結果が出なくても自分のやり方のほうがいいとすら思っている。他人の指図を受けることのほうが、ずっと嫌なのだろう。だから、他人のやり方で結果が出ても自分の望んだものではないから、屈辱に感じる。

さらに始末が悪いのは、要領の良い人を悔しさのあまり非難する。地団太である。これでは永遠に望みは叶わないだろう。

調べてからにするか即断するか


この辺も、頭がいいか悪いか傾向がわかれるところだろう。

例えば友人を助けようと借金の連帯保証人を引き受けてしまったり、怪しい投資話に引っかかって大損してしまったりなんて話はよく聞くが、これは頭が悪いタイプだろう。第三者に相談したり、事前に財務状況や素性について調べたり、それでもわからないものには手を出さないと普段から決めておいたりすれば防げることだろう。

だがなぜか頭が悪い人というのはこれらのことをせず、今持ってる知識の中だけで独りよがりにその場で判断してしまう。大体、現場にいるときは頭の中で情報が整理されていないし、頭が熱くなっているから客観的な視点が持てない。そのため感情的になっていて、普段はしないような決断をしがちである。これは、オレオレ詐欺に引っかかるお年寄りにも通ずるところがある。

しかし、頭がいい人はこういう時にその場で決断するということをしない。その場での判断は危ういことを知っているから、一時保留して頭を冷ましてからにする。そうするとちゃんと調べたり人に聞いたりしてからのほうがいいことに気づくし、冷静な判断が下せるようになる。

行動するだけでは変わらない


「行動しなければ変わらない」という言葉をよく耳にするが、これも頭が悪い人は勘違いしている。

例えば、普段から取材活動のために全国を飛び回っている人が、また取材のために移動することは、ここで言う行動しなければ変わらないという言葉に当てはまるだろうか?こたえはNOだ。

頭の悪い人は、取材活動をしているのだから、新幹線や飛行機に乗って移動しているのだから行動しているではないかと言うだろうが、それは体を動かすという辞書通りの理解をしたに過ぎず、真意ではない。ここで言う行動しなければ変わらないとは、ルーティーンから抜け出すとか、新しいことを始めるとか、負のスパイラルを止めるといった、今までとは違う行動をせよという意味だ。

普段から取材をしている人が、また取材でどこか別の地へ飛んでも同じことの繰り返しだから、ルーティーンでしかない。だが全国を飛び回っていたのをネットを介して取材すれば、移動はしていないので体を動かすという意味での行動はしていないが、移動時間を削減した分編集に割く時間が確保できたり、もう一人取材できたりと新たな産物が生まれる。

「行動しなければ変わらない」という言葉に足らないもの


実は前々から思っていたが、「行動しなければ変わらない」という言葉に足らないものがあると思っている。それは、普段から勉強していることだ。

頭の悪い人は行動しなければ変わらないという言葉を聞くと、行動さえすればいいと誤解する。しかし行動は、勉強とセットでないと上手く機能しない。何も勉強しないでいきなり行動しても、手掛かりがないから闇雲な行動にしかならない。それは例えるなら、海図もコンパスもなく太平洋のど真ん中で船を漕ぐようなものだし、仮に持っていたとしてもその使い方を知らなかったら遭難する。行動しながら勉強すればいいでは遅いし、それすらしないのはもっての外だ。

「まずはやってみろ」という人もいるが、そういう人も実は普段から事前に勉強している。そのベースがあるから、あとは行動するだけだよという意味で言っているのである。でも本人からすれば勉強なんて当たり前すぎるし、そんな前提すら忘れているからいちいち言わない。だから普段勉強すらしない人が「まずはやってみろ」という言葉を聞くと、予備知識がないからただの無鉄砲になる。ここに頭のいい人と悪い人ととの前提条件の乖離がある。

ちなみに、頭のいい人は普段から勉強を欠かさない。世界一の投資家ウォーレン・バフェット氏は、一日に500ページ本を読むという。小説家の村上春樹氏は、執筆活動は午前中の4時間ほどで、残りは読書や散歩に充てるという。優れた人は実務より勉強の時間のほうが多いのだ。

真の頭のいい人とは


ここで古代中国の思想家老子の言葉を紹介しよう。

「知る者は言わず、言う者は知らず」(知者不言、言者不知)

意味は、知恵のある者は言葉が少なく、言葉の多い者は知恵が少ない
もしくは、真によく知っている者はあまり多くは語らないが、よく知らない者はかえって口に出して言うものである、ということだ。

欧米にも「口数の一番多い者が一番の知恵者とは限らない」という、似たようなことわざがあるようだ。
これらの言葉からも、頭のいい人と悪い人の違いが見えてこよう。

頭が悪い人は言いたいという欲求にとらわれ、しゃべる時間を作っている分、勉強に割く時間が削られる。頭のいい人はしゃべる時間を削って勉強に勤しむ分、知恵が身につき賢くなる。はたして、どちらが大成するだろうか?頭がいい人ならばわかるだろう。

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