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2025年11月9日日曜日

部分最適の左派、全体最適の右派

 社会を良くするアプローチの仕方が、結構左派と右派では違いが現れる。左派は近視眼的な人が多いため、目の前の人の救済に目がいきがちなことから、無意識に部分最適なアプローチになる。反対に右派はちょっと冷めた目で見ているので、物事を俯瞰していることから全体に目がいきがちなため、効率とバランス配分を考える全体最適に重点を置く。お互いに欠かせず、どちらも利点と欠点があるため、甲乙つけられるものではない。

 ただ、どちらか一方だけに染まるとバランスを欠いて社会が回らないため、両方を上手く使い分けないとならない。そのためには、双方の要素を理解しておかねばならない。


 部分最適は現場・実働部隊向き 司令塔には不向き


 先ほど触れたように、部分最適の左派は目の前のことに注意が行きがちなので、現場での活動に関心を示す。つまり今目の前にいる人に全力を注ぐ。その献身的な行動は素晴らしいし、現場で活躍する実働部隊として向いている。情熱を燃やせるから、満足感や達成感も得られるだろう。

 しかし、それ故に他のことに注意を払うことができなくなるため、その他の助けを必要としている人が視界に入らなくなって、見殺しにするということを気がつかずにやらかしてしまう。0か100かでしか行動できないのと、引いて考える能力が欠如しているため視界が狭いのがあって、配分を考えるのが不得手なのだ。例えるなら、一人の急患に消防署の全職員を向かわせるというやり方をとってしまうようなもので、そこが部分最適の欠点なのだ。

 なので配分や効率を考えることが不得意で、それが主要任務となる管理者やマネージャーなどの司令塔には全く向かない。


 部分最適はコストが無限に膨らみ、いつかは破綻し、犠牲者が増える


 さらに問題なのは、部分最適でいるとどうしても一人一人に手厚い支援を求めてしまうため、一人当たりのコストが無制限に増大する。時間も人手も経費も増えるため、全体のコストが計り知れないことになる。

 しかし、リソースは常に限度があるため、その全てをまかなうことは残念ながらできない。よって、一度一人に支援を手厚くするとその分過大にリソースを食い潰してしまうから、早く余剰がなくなってキャパオーバーになる。結果、助けられる人の数はどうしても減ってしまうし、破綻してしまう。


 全体最適は司令塔向き きめ細やかさはない


 これに対して右派は全体が如何にバランスよく回るか、最終的に成果をどれだけ最大化できるかに重点を置くため、全体最適を前提に考える。そのため配分を計算するし、結果予測から逆算もする。それを基に合理的かつ効率的な判断をするので大概的確で、成果も上がりやすい。司令塔を務めるにはこの全体最適の視点と判断力は欠かせないから、司令塔に必要な要素を持っているのは右派のほうだと言える。

 ただ全体最適な判断は、個々の事例に対しては効率の悪いきめ細やかな対応を省きがちである。どうしても採算も考慮に入れるので、薄く必要最低限な対応になってしまう。混雑丁寧を求める人にとっては、事務的で満足いかないものにならざるをえない。


 全体最適はパイ全体が増えるが、左派からは受けが悪い


 とはいえバランスを考えないと継続できないことをちゃんと考えるのが全体最適なので、早々に破綻するという事態は避けられる。それどころか効率合理性重視なので成果が上がり、全体のパイを大きくすることも考えているのが全体最適のいいところだ。

 ただこの戦略は長期戦になることも織り込んでいるため、きめ細やかさに欠けるのも相まって、左派の今を何とかしたい、せっかちな傾向との相性が悪い。この部分が左派には見えず理解ができないので、どうしても冷たいととられがちなのが残念である。


 住み分けと役割分担が重要


 結局のところ見えているものが違うので、得意とする分野も異なってしまう。にもかかわらず、お互いの分野に口出ししてもできるできないの話にしかならないので、住み分けが必要である。それぞれの分野には口出しせずお任せしたほうがケンカにならないし、効率も良くなる。つまり役割分担をはっきりさせて、お互いに立ち入らないほうが上手くやれるのではないか。




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