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2026年6月16日火曜日

安心できても成長できない人間関係は、人生にとって弊害にしかならない






 SNSが発達したせいか、ここ近年行動や発言が稚拙な人が目立つようになった。左翼、しばき隊なんかは最たるもので、簡単に自分の価値観だけで決めつけ、気に入らないものは妨害や暴力で阻止するのが常態化している。日本共産党にしても、辺野古の一件に関して一切責任を認めず、逃げ回っている。

 LGBT活動家やアライ、支持者連中もそうで、自分勝手で利己的な要求や非難を繰り返している。しかもそれを正当化するために手段を選ばず、卑劣な行為に出るから世界各地で反感を買い、政治論争になるほどだ。


 いつも幼い者同士でつるむ閉鎖的な一団


 そしてこのような連中は決まって徒党を組んでいる。いつも気心の知れた身近な決まったメンバーだけで集まっており、その中で傷のなめ合いを続けている。それは異常なほど内向きかつ幼稚で閉鎖的、他の介入を一切受け付けないほど強固である。

 こういうコミュニティは最も心理的安全性が高いので、楽だし安心ではある。自分の嫌なことを避けられるし、自立を促されないし、苦労や責任を見て見ぬふりしてくれるし、不安を感じずに済む。特にこの不安感からの逃避は非常に大きな利得で、コミュニティに居続けてしまう最大の要因になる。


 安心なコミュニティにいる危険性


 だがこういうコミュニティは変化や成長がなく、現状維持や他者依存に固執することになるので、いつまで経っても大人としての生活スキルが身につかず、社会参加への道が遠のいてしまう。

 そこでここからは、心理的安全性のあるコミュニティに居続けることのデメリットを具体的に列挙していく。


 ① 自立した生活ができない

 最も大きいデメリットはこれだろう。生活スキルを身に着ける機会を奪うコミュニティなので、いつまで経っても人間として最低限必要なスキルすら身につかない。その結果いつまでも自活できず、自立した生活を送れるようにならない。

 当然就職活動に踏み出す決断も先延ばしになるので、仕事にもありつけない。そのためいつまでも生活保護や引きこもりの状態を継続せねばならず、社会の足を引っ張る存在であり続けることになる。


 ② 社会のお荷物

 自立しないということは、社会にとってお荷物になることでもある。よくこの手の人々は生活保護は権利で、生活保護を叩いても何も労働者の生活に変化はないという詭弁いうが、それは虚言である。生活保護が増えたり長引いたりすればそれだけ予算や人員が必要になるのだから、増税や職員の過労につながる。確実に社会を蝕むことになるので、遅かれ早かれ破綻してしまう。

 特に昨今人口減によって納税者数も減っており、高齢化に伴って一人当たりの仕事量は逆に増えているから、医療・福祉・行政サービスの縮小は避けられない。


 ③ 慢性的メンタル不調

 安心安全というのは一見メンタルに優しいように思えるが、実はそれはその場限りの効果で、長期的には不利益になる。

 というのも、社会は絶えず変化している。そんな中で自分達だけはメンツも価値観も変化しないから、確実に取り残されていく。そうなると社会とコミュニティとの間のギャップはドンドン広がるばかりになるので、焦りや不安の材料が増えてしまうのだ。

 しかもギャップやブランクが大きくなればなるほど、社会の受け入れのハードルは高くなる。そうなるとより二の足を踏みやすかったり、いざ行動に移しても挫折の回数が増えるばかりで一向に結果を出せず、無力感が高まってしまいやすくなったりする。


 ④ 人としての成長がない

 こういう同質性を基にしたコミュニティは変化に乏しいので、人間性の成長を育むことができない。常に同じ低いレベルでいられることで安住するし、周りもそうであろうとしているので成長の機会がないのだ。

 そもそも成長するためには、変化や刺激、不安を経験する必要がある。これらを経験しないと学びを得ることができないからだ。それがない世界に居続ける限り変化がないから、生きる術を身につけることはできず、永遠に人間的成長は訪れない。結果、社会からドンドン置いてけぼりを食らうことになる。


 ⑤ 足の引っ張り合い

 さらにこれに関係してくる問題が、足の引っ張り合いだ。このような現状維持を続けている同質性でつながるコミュニティは、必ず出る杭を打とうとする。不平等、出し抜き、独占、裏切り者などのレッテルを貼り、「冷たい」「優しくない」「見捨てるのか」「あいつは変わった」と言って、コミュニティから卒業しようとするものを引きずり降ろそうとする。

 その深層には見捨てられ不安と、いつまでも変わる勇気が持てない自分への劣等感がある。そんな中でこれを振り切ろうとする者が現れると、天国と地獄を見せつけられるから、より強烈かつリアルに劣等感を刺激されることになる。それを認める器がない彼らにとって卒業する者がいる光景は受け入れがたく、いかなる手段を採ってでも引きずり降ろさなければならない対象になってしまう。

 そうなると事態は複雑化し、泥沼の争いにしかならない。だから彼らは常に誰かと争っていて、よりメンタルを不安定なものにし、より落ちこぼれていく。


 ダメなコミュニティから一刻も早く抜け出すこと


 だからこそ、安心安全でつながるコミュニティに長居してはいけないのだ。社会から隔絶されて接点をもてなくなり、社会に対して疎くなってしまう。そして溝や能力差が増々深まり、ついには再起不能になってしまう。

 それどころか、周囲の人間たちが自分の人生にまで介入してきて自由を失い、ドンドン引き込まれてしまう。そうなると自分のことすらわからなくなり、何のために生きているのか、人生なんて無駄ではないのかという問いが浮かんできてしまう。これではメンタルの不調など永遠に良くならない。

 こうならないためにも、こういうコミュニティからは一刻も早く抜け出して、卒業しなければならない。成長マインドに切り替え、自分よりも頭一つ抜きんでている人と付き合うようにし、交友関係を刷新する必要がある。そして積極的に経験を増やし、そこから学びを得ていけば、次第にできることが増えてくるので劣等感が薄くなり、自信がついてくる。

 そのためにも、まずは付き合う人を安心できる同レベルの人から、頭一つ抜きんでている人を選ぶことが重要だ。




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