大体が、政府、政治家、政党、省庁、官僚、大企業、富裕層、上司、インテリ層、健常者、医者、学校、教師を悪く言うものが多く、もっとぼやけたものだと、社会、システム、国民性、ガチャ、環境をあげつらうものも定番化している。連日あれが変わらん、これが良くないの大合唱で、何かを槍玉に上げることに皆必死だ。
政府だって手をこまねいているわけではない
こういった人々は決まって、政府は何もやっていないとか、政策が悪いとか、偉そうに批判している。では本当に何もやっていないのかというとそんなわけがない。学校のカリキュラムは年々変化しているし、会社の就業環境も改善されてきている。社会保障もよその国よりも断然あるし、医療も階層に関わらず受けることができる。これらは全て政治があって得られたものだ。
多くのものは政治が提供してくれているのに、人間は愚かだからそこに気づかず、タダでもらえると錯覚する。政治を含め社会は着実に進歩しているのだ。
誰かが何とかしてくれると思っている民衆
であるにもかかわらず、批判が絶えない。これらに共通するのが、批判の対象が「他者」であるということだ。先ほど挙げた例も全て他者である。つまり、誰かが何とかしてくれるべきだという、他者依存を望んでいる人が大勢いるということだ。
これは裏を返せば、自分で何とかする意思を持っていない、自分の失敗から目を逸らしたい、自分の薄弱さを認めたくないということでもある。
本来自分の人生であるし、大人になっていればほとんどのことは自分に選択を任されている。有名大学へ行くのも、将来のために貯蓄をするのも、よい条件を求めて転職するのも、自分の意思に任されている。多くの物事が自分に一任されているにもかかわらず、それをしなかった、もしくはしたけど失敗し、尻拭いを自分でしたくない人が他者へ責任転嫁しているのだ。
どんな政策も、実際に実行するのは民衆一人一人
この他者依存の姿勢を民衆が持っている限り、どんな施策を講じても成果は出ない。あくまで施策はお膳立てでしかなく、実行するのは民衆一人一人だからだ。その民衆が自分は悪くないという姿勢を続けたり、まだもうちょっと条件を良くしてくれたらなんてことばかり言ったりしていたら、いつまで経っても始められない。
しかも我が国はそんな国民の言い訳を散々聞きすぎていて、ドンドン手を打つのが遅れることが常態化している。そんなことを民衆がやっているから、政府も成果を上げられなくて困っているのだ。
しかも我が国はそんな国民の言い訳を散々聞きすぎていて、ドンドン手を打つのが遅れることが常態化している。そんなことを民衆がやっているから、政府も成果を上げられなくて困っているのだ。
いい加減、民衆自身が自らの愚から目を逸らすのを止めないと、何もシステムが回らない社会が早々やってきてしまう。真に腰を上げなくてはならないのは、民衆に他ならない。


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