そこでここでは、両者の判断の違いとその原因について探っていく。
アイコンを論拠にする人の特徴
ではまず、論拠をアイコンに求める人について見ていこう。このタイプの人はどういう思考パターンを持っているのだろうか?
① 肩書き、権威、属性、立場で判断する
最初に挙げられる特徴として、肩書き、権威、属性、立場など、目に見えるわかりやすい表面的な情報を基に判断する。団体代表とか、大学教授とか、マイノリティとか、生活保護受給者とかといった、表面上の目に見えるものを論拠とする。
例を挙げると、「年商20億の社長が言っていた」「有名大学の教授の説では~」「マイノリティーは弱者」「弱者だから差別される」といった判断のし方だ。これらは全て対象者が持っている肩書きや属性を基に結論づけていて、実態には一切触れていない。
② ゼロ百思考
これは物事を0%or100%の二択でしか考えない人のことだ。①の判断基準が原因で、多数派=絶対悪とか、弱者=常に被害者とかのように、物事を単純化して、全てを一方に押し付けて逃げてしまう。相手からしたら、濡れ衣もいいところだ。
逃げ癖があるせいで、世の中大抵ケースバイケースでそんなキレイにゼロ百では分かれてはいないというのを受け入れられないので、こうなるのだ。
逃げ癖があるせいで、世の中大抵ケースバイケースでそんなキレイにゼロ百では分かれてはいないというのを受け入れられないので、こうなるのだ。
③ 内容には目を向けない
アイコンで判断する人は、内容への関心が薄い。単純に人で全てが決まると思い込んでいるから、ケースバイケースや是々非々といった時と場合ごとに実態の確認が必要な物とは思っていない。だから、自分にも落ち度があるとか、相手だって迷惑しているという視点を持っていない。
④ 内容の理解が困難
自分には難しすぎて説明を理解できないから、誰が言っていたかで判断しているケースも見受けられる。医学とか経済、法学なんかは専門性が高すぎて一般人には理解が難しく、どこどこの教授が言っていたからと、権威に頼ることで相手を封殺するという手段に出がちだ。いわゆる虎の威を借りる狐だ。
しかし、いざ内容の説明を求められると自分自身が理解できていないから、ボロが出る。だから増々権威に頼ろうとしてしまう。
実態で判断する人は?
こうしてみると、人物の肩書きや属性といったアイコンで判断する人は表面的であり、実態や真実、専門性から目を背けているのがわかる。自分にとって不都合や苦手意識が多くあり、極力面倒を自分で抱えたくないのがうかがえる。
これに対して、実態をしっかり見て判断できる人というのは、この逆を好む。肩書きや属性にとらわれると依怙贔屓になるので、不公平さを嫌悪してどんな相手でも(マイノリティであっても)同じ対応をする。アイコンで見る人は、依怙贔屓せず同じ対応をされることを冷たい、優しくないと思うようだが。
そもそも実態をちゃんと確認するのは、世の中の物事はキレイにゼロ百では分かれていないことを自覚しているというのと、自分のミスと相手の責任をしっかり正確に見極めたいからだ。全てを他人のせいにしていたら改善がないし、自分で防げるミスを何度も繰り返してしまうのはアホでしかない。
だから難しいことであっても逃げずに学習する。その中で矛盾点があれば嘘だと見抜くし、例え相手が権威であっても気にしない。大事なのは真実だし、真実を基にしないと間違い続けて上手くいかないからだ。
それに説明を求められたときに、誰が言っていたかで答えてしまうと説得力がなくなってしまう。きちんと説明するにも、実態把握や学習が重要なのだ。
だから、その人が持つアイコンではなく、実態を見れないといけないのだ。


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