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2026年5月22日金曜日

発達障害が自己中なわけ <他人視点を持てない人>





 精神や発達に障害がある人、アダルトチルドレンなんかは、自己中と言われやすい。言われるだけならまだしも、実際に自分本位の価値観や行動に縛られていて、周囲との摩擦を生んでいる人が多く見られる。自分の価値観や思想、理念を押し付け、他人に強要する人もここ近年度々見かけるようになった。実際、人間関係において発達障害者が自己中で嫌われるというのはよく聞く話で、ありがちなトラブルである。

 ではなぜ、発達障害者は自己中になってしまうのだろうか?健常者との対比で、わかりやすく説明する。


 発達障害者に「相手の立場に立って考えろ」は通じない


 よく自己中な人を戒めるときに使うセリフとして、「相手の立場に立って考えろ」という時がある。ありがちなセリフで、誰もが使ったことがあるだろうが、これは発達障害者には理解しがたいものの代表格だ。というのも、相手の立場がどういうものかイメージできないからだ。

 発達障害というのは人間関係の障害でもあり、想像力の障害でもある。そのため、自分が見たこともない経験したこともないことを想像するのが苦手で、相手の立場になるとどういう価値観になるのか想像できない。それどころか、相手には相手の異なる価値観があるということすらわからず、相手は何も思っていない、下手すると存在すら認識していないことがある。

 だから「相手の立場に立って考えろ」と発達障害者に言っても、つうじないのだ。


 「相手の立場に立って考えろ」と言われた時の思考パターンにも変異が


 さらに実際にこのセリフを言われた時の思考パターンにも違いがある。健常者なら相手の立場に立った時に相手の異なる価値観を想像して判断基準を予測するが、発達障害者はこの概念や理屈を学習できていないので、自分の価値観のまま自分の判断基準を適用してしまう。これが発達障害者が自己中な行動をとってしまう原因である。表にするとこうだ。

健常者 発達障害者
相手 視点 相手
相手の価値観に置き換えてみる 価値観 自分の価値観を当てはめる
相手の基準を予測 判断基準 自分基準のまま
予測できる
気持ちがわかる
相手の行動
心理
予測できない
気持ちがわからない
思いやれる 相手への配慮 思いやれない


 わからないものは自分の好きにしてよいと思っている


 もうひとつ問題がある。なぜかわからないが、自分の知らないことは好きにしてよいと思っていることだ。相手のことを考えるのが苦手にもかかわらず、聞くとか、調べるとか、確認するとかをまずしない。

 そのくせ合わせるということがない。健常者ならわからないことは迂闊に手を出さないほうが無難と考える。しかし発達障害者は、わからないことがわからない、気づくべきことに気づいていないという特性をもつ。このため、自分の知らないこと、わかっていないことはないと勝手に認識している。その結果、自分の知識が全てになりやすいがゆえにマイルールしか見えておらず、それさえ守っていれば違反ではないと判断してしまう。


 社会ルールよりマイルール優先


 しかも発達障害者の中では、このマイルールは社会ルールより優先度が高い。発達障害者にとって社会ルールは他人が作ったものなので他人事だし、自分の邪魔をするものと認識しているので、むしろ煙たい存在でしかない。

 これに対してマイルールは望みを叶えることに直結すると考えているので、優先してしまう。この社会ルール軽視とマイルール優先の判断は、他人から見たらわがままにしかならなず、自己中と見られるのは至極当然である。


 障害者だからといって従っていては、いつまでも社会ルールを学べない


 そして日本でよくある悪い慣習が、事なかれ主義だ。トラブルやケンカ、意見対立が起こった時に、面倒を避けるために触らぬ神に祟りなしと見てみぬふりをしたり、障害者の言いなりになったりすることが多い。

 しかし、これをやっていたら障害者が社会ルールを学ぶ機会がなくなるので、いつまで経っても自己中のままである。いい加減障害者の言いなりになるのを止めて、キチンとルールを守るよう毅然とした対応をしなくてはならない。




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