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2026年5月25日月曜日

マイノリティは、表裏一体を理解するのが苦手






 ここ近年、マイノリティ、極左、活動家による、誹謗中傷や妨害が激化している。少しでも気にさわることを言おうものなら、相手を差別主義者とレッテルを貼って攻撃する。彼らはこの世は100%善と100%悪でできていると単純に思っていて、1つでも自分の意にそわないことがあれば安易に悪とみなして攻撃する。


 人間も世の中も複雑で表裏一体


 ただ世の中の仕組みにしても人間にしても、そう単純にはできていない。本音と建て前があったり、誰かの不利益は別の誰かの利益だったりもする。どんな人でもいいところと悪いところが混在するし、自分がいいと思っていても友達はそうではないということも多々ある。

 具体例を挙げよう。しばしば行政サービスを拡充したり、非常時対応として交付金が出たりすることがある。手厚い保護を受けられて国民としては助かるのだが、その一方でサービスが増える分だけ皆が嫌がる行政手続きも増え、複雑化する。

 対人関係もそうだ。何でもやってくれる人は一見優しく親切に思えるが、あなたから生活力を奪って無能にさせ、社会へ出れなくさせる、自立を妨げる人でもある。となると、そのお世話や親切は本当に良いことなのか?そんな人は本当に善人なのか?

 こうしてみると、ひとつの物事、ひとりの人間採ってみても、視点や切り方によって良い結果にも悪い結果にもなる。だから100%善もなりえないし、100%悪もなりえない。一個の中に善と悪が表裏一体で存在しているというのが実態なのだ。よくよく見れば、綺麗事を言いながら誹謗中傷や妨害をしていることからも、自分らこそその表裏一体を自ら体現しているではないか?


 複雑さと表裏一体を理解できない頭脳


 だが彼らは、世の中の複雑さと表裏一体を理解することができない。というのも彼らはその発達特性からシングルフォーカスを持っており、一度に1つの物事しか考えられない。複数の物事を並立させたり、比較したりすることができないから、個別の事案しか扱えない。それゆえ客観がわからないし、俯瞰して全体をみることもできないので、あっちが立てばこっちが立たずになることが想像つかない。

 そうなるとひとつの物事や人間の中に、表裏が併存しているなんてのは想像だにしないだろう。そもそも他人の意思や利害なんかも視界に入っていないし、自分への影響なんかも考えたこともないから、その場の状況や感想しか頭に入ってこない。単純に自分の気分を害されたから許せないとか、自分が損したからムカつくとかといった反応になりやすい。まさか自分の独断で相手が損害を被っているなんて彼らには想像つかないし、関係ないのに怒られたみたいな反応になってしまう。


 マイノリティ、極左、活動家に政治は不向き


 その特性ゆえ、マイノリティ、極左、活動家に政治は無理である。明らかに向いていないし、能力がない。人間や社会の関係性に目を向けられない、知識もないという状況では、因果関係を推し量るのは不可能だし、結果の予測もできないから、間違った判断を繰り返すし、損失も拡大させてしまう。

 これはゼークトの4タイプでいうところの「無能な働き者」そのものであって、誰にとっても、当人にとっても得をせず、害しかない。味方にすらも損害を与え、手に負えなくなるので、迷惑この上ない。非常に問題児なので、放逐する他ないというのが悩ましいところだ。然るべきところに収容するしかないのだろう。

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