酷い場合には、被害者アピールをして他人を加害者に仕立て上げたり、逆ギレして暴言を吐いて威圧したり、権力や脅迫を用いてもみ消したりといった反社会的な行為にまで及び、自らことを大きくする者もいる。
なぜ彼らはそこまで謝ることを拒絶するのか?謝罪をどう捉えているのか?その原因は何なのか?このパラレルワールドを解き明かしていく。
謝ることが最大の失敗
謝ったら死ぬ病の人にとって、謝ることは何を意味するのか?それは、失敗を認めることである。起こしてしまった事件も失敗なのだが、それよりも謝ることそのものが失敗と捉えている。そして失敗は自分のメンツに傷をつけることになるので、是が非でも認められないのだ。
そもそも謝ったら死ぬ病の人は、完璧主義や白黒思考を持っていることが多い。その上、プライドが高いので、汚点がつくことを誰よりも嫌う。どこの誰よりも偉く完璧で崇高の目で見られるはずの自分が、目下のものに対して謝るなど最も恥ずべき行為であるという価値観を持っているのだ。
汚点のある自分は自分ではない
だが、こういう自己像は心理学において肥大化と判断される。明らかに現実離れであるほど自分を絶対視しているからだ。
ただ現実にはパーフェクトな人間なんぞいるだろうか?当たり前のことだが、そんな人間はいない。誰もが欠点があるし、それゆえ犯した汚点がある。それは謝ったら死ぬ病の人においても同じだ。
すると、こういう人が過ちを犯すとどうなるか?強烈な自己否定が沸き起こる。もし過ちを認めると強烈な絶望感に襲われるから、精神を守るために防衛機制をフル稼働させ、全力でなかったことにする。肥大化した幻の自己イメージこそが自分のあるべき姿だと信じているから、それとは真逆の愚かで醜い今の自分なんぞ嫌悪すべき対象であり、絶対に認めてはならないのだ。
これは本人にとって生存本能とも結びついて安全性がかかっているから、強力である。必死なので、手段なんぞ選んでられない。だから、なりふり構わず自身の犯した過ちを黙殺しようとする。
未完了の幼少期が生んだ、歪んだ自己愛
ではこの肥大化した自己は、なぜ生まれたのだろうか?それは歪んだ自己愛を持っているからだ。そして心理学において歪んだ自己愛は、大抵家族間連鎖や幼少期の生育にあると考えられている。
家族間連鎖については、元々親が歪んだ自己愛を持っていてそれを遺伝的に受け継いだケースと、遺伝ではないが親の態度や素行を真似てしまうケースが考えられる。幼少期の生育であれば、生まれた時から発達特性があって育てにくい子だったとか、家族問題があって不健全な生育環境だったとかが考えられるだろう。
こういうことがあると、親が子育てに向いていなかったり、匙を投げたりして精神発達や人格形成のための養育が十分に行われないということも起きやすい。その結果、子供は精神発達や人格形成が未完了の状態のまま来てしまい、そこから成長が止まっていたり、間違った学習をしてしまったりする。
こういうことがあると、親が子育てに向いていなかったり、匙を投げたりして精神発達や人格形成のための養育が十分に行われないということも起きやすい。その結果、子供は精神発達や人格形成が未完了の状態のまま来てしまい、そこから成長が止まっていたり、間違った学習をしてしまったりする。
このことから世間一般から大きくかけ離れた歪んだ自己愛が形成され、極端な価値観やそこからもたらされる極端な行動に衝動的に出てしまい、対人関係でトラブルメーカーになってしまう。
医療やカウンセリングを拒否する問題
さらにこの手の人の大きな難題として、医療やカウンセリングを拒む点がある。社会的トラブルを大きくし周囲へ悪影響を与える特性上、本来であれば最も医療やカウンセリングにつなげて、修正しなくてはならないタイプである。
しかし、これを受け入れることは、同時に自分の不完全性や欠陥を認めることも意味する。これはメンツの塊である彼らにとって最も屈辱の対象であるから、絶対に認めようとしない。だから、医療やカウンセリングを受診することを徹底的に拒絶するし、その際にも必ずといっていいほど大騒動になる。
謝ったら死ぬ病の人の末路
謝ったら死ぬ病の人が、今の態度を続けたらどうなるか?おわかりの通り、孤立しかなくなる。
四方八方を敵に回すのだから好かれるはずがなく、関わると厄介なので周囲は相手にするのを益々避ける。本人は人間などいくらでもいると豪語して強がるだろうが、しばらく付き合うと本性が見えてくるものなので、すぐに縁を切られてしまう。だから深い関係や長い関係を築けず、離合を繰り返す。そして自分の周りに残るのは利害関係をもった人か、自分と同じように社会性がなく周囲から嫌われ行くところがなくなった人くらいだろう。
しかもこれらの人々は一般からはかけ離れているため、このメンバーで固まっているとさらに社会とのズレが大きくなる。益々常識がない人、礼儀がなってない人、わがままな人という目で見られるようになり、表の世界で居場所を失う。
そうではないシナリオもあるが、その場合は強引な手段で表の世界に居座り続けるパターンだ。ただこの場合も周りにいるのは恐怖から嫌々従ってる人ばかりで、その実態は面従腹背でしかない。本心から付き合っているわけではないし、いざとなったら霧散することは謝ったら死ぬ病の人も気づいている。
だから内面的には孤独だし、いつ裏切られるか気が気でないから、常に疑心暗鬼になる。心が休まる時がないので心中穏やかでなく、ドンドンとヒステリックさが増していく。そうなると周囲は付き合い切れなくなるから、1人やめ2人やめを繰り返し、ついには裸の王様のまま誰もいなくなってしまう。
謝らないというのは、百害あって一利なしなのだ。
そうではないシナリオもあるが、その場合は強引な手段で表の世界に居座り続けるパターンだ。ただこの場合も周りにいるのは恐怖から嫌々従ってる人ばかりで、その実態は面従腹背でしかない。本心から付き合っているわけではないし、いざとなったら霧散することは謝ったら死ぬ病の人も気づいている。
だから内面的には孤独だし、いつ裏切られるか気が気でないから、常に疑心暗鬼になる。心が休まる時がないので心中穏やかでなく、ドンドンとヒステリックさが増していく。そうなると周囲は付き合い切れなくなるから、1人やめ2人やめを繰り返し、ついには裸の王様のまま誰もいなくなってしまう。
謝らないというのは、百害あって一利なしなのだ。
謝ったら死ぬ病の人に出会ったら
最後にそういう人間に出くわしたらどうすればいいかだが、即行離れるしかない。様々なところでも言われているが、この手の人は他人の話に耳を貸すタイプではないばかりか、逆ギレしてくるので、関わること自体がリスクである。最小限の付き合いにとどめ、あとは無関心が定石だ。
こういう人が幅を利かせたらという懸念もあるだろうが、人間関係が悪化する末路をたどる人なので、どの道孤立して挫折する。相手は他人と信頼関係を築く能力がないから、その間にこっちはコツコツと実績を積んで信頼を作っていけば、自ずと差が開いて真逆の運命になる。相手は勝手に没落していくので、自分は毎日を普通に過ごしているだけでいい。
謝ったら死ぬ病は、自分自身もならないように気をつけたいものだ。
謝ったら死ぬ病は、自分自身もならないように気をつけたいものだ。


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