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2026年11月3日火曜日

苦労と利益、どちらを先にとるべきか? 結果に対して働くレバレッジ



 「苦労は買ってでもしろ」という言葉がある。先に苦労をしておけば、後で見返りがあるということを示唆している人生訓だ。いきった成功者や頑固な老害が言いそうなフレーズだなと思って、反感を抱く人も少なくないだろう。

 反対に、世の中には先に利益を得るべきだという人もいる。目の前にお得なものがあるのに、今手に入れないでいつ手に入れるんだ?苦労なんてするべきじゃないという人もいる。かなり好みが二分するテーマだろう。それだけに、このテーマを扱うのは深掘りし甲斐があって、面白そうだ。

 果たしてどちらが正解なのだろうか?そして、それぞれのグループで何か特徴や背景はあるのだろうか?


 世の中の前提条件として・・・


 まず知っておかなくてはならないこととして、世の中には前提条件があるということだ。それは何かというと、世の中はギブアンドテイクで回っているということだ。商売の世界では損して得取れと言われるし、近年では返報性の定理とも言い、仏教では因果応報とも言われる(※仏教でいう因果応報は、世間一般での使われ方とは少々異なることに留意)。

 これはどういうことかというと、先に布施、奉仕、勉学、善行など、良いとされることに労を惜しまなければ、良い結果になるということだ。ということは逆パターンもあって、労を惜しむ者には悪い結果が待っているということになる。

 なので打算的な人がよく言う「先に利益をとっても、ワンチャン苦労しなくて済むかもしれない」というケースは、ほぼない。勉強をせずに遊んでいたら知恵が身につかないし、挑戦するのを恐れて安パイなことばかりしていたら低賃金のままだし、人に施しをしなければ好感を持ってもらえない。何らかの代償を払わない限り、望みは叶わない。

 ただ、この理屈だと良い結果も悪い結果も等しくやってくることになる。どちらも総合的には一緒で、苦労を先にするメリットの説明にはならない。


 結果にはレバレッジがかかる


 もう1つの定理として、レバレッジがある。レバレッジとは元々金融の世界でよく使われているワードなのだが、結果に対して生じる振れ幅のことである。こと人生においては、時がたてばたつほどレバレッジが生じて、今の損得よりも結果のほうが大きくなる傾向が強い。

 これが返報性の定理と連動して、勉強すると高学歴、しないと低学歴みたいなことにつながる。

 資格取得→安定・高収入→資産増   無資格→不安定・低収入→資産0
 規則正しい生活→健康維持→活動量増 不規則な生活→不健康→体調悪化
 節約→貯蓄増→将来不安解消     散財→貯蓄0→貧困

 こういった形で表れて、老後の生活にまで影響する。

 これらの法則により、今の苦労<将来の利益、今の利益<将来の苦労という式が成り立つ。だからこそ「苦労は買ってでもしろ」と言われるのだ。


 苦労には2種類ある


 これに対して、こういう反論もあるだろう。「先に苦労をしたはいいが、見返りがあるとは限らない」というものだ。確かにそうだ。「取り越し苦労のくたびれもうけ」という言葉があるように、苦労しただけで何の見返りもなかったということは少なくない。

 しかし、このフレーズをよく口にする人は、見返り=こなした量という1基準だけで苦労や努力を考えている。他人が受けていない苦労まで背負ったとか、不利な環境の中でもがいてきたとかだ。ここにこの手の人の解像度の低さがある。

 「努力しても実らない人は、努力するところを間違えている」でも言ったが、苦労には2種類ある。見返りや成果がある苦労と、無い苦労だ。見返りがなかったという人は、後者のほうしかしなかった人だ。同僚から押しつけられた雑用とか、自立しない家族の世話とか、ご近所さんへのご機嫌伺いとか、公益性の低い民間資格取得とか、時間や手間はかかっただろうが、こういったものはいくらやってもまず見返りがない。所詮、レバレッジの低い苦労なのだ。

 これに対してレバレッジの高い苦労もある。プロジェクトマネジメントとか、一家団欒のための時間作りとか、無用な飲み会に不参加とか、スキルアップのための勉強とか、こういったものはやった後で貴重な見返りが見込める。出世・昇給、家族と過ごす時間、自分時間の確保、収入増などだ。これを見極め選別する審美眼は欲しいところだろう。


 それでも先に利益をとるほうが賢明と考える人の闇


 ここまで説明した通り、レバレッジによって見返りが大きくなるので、先に(適切な)苦労をしたほうが得策である。そしてこれは富裕層や成功者の間では当たり前の考えで、豊かで幸福な人生を歩む上で必須要件である。

 しかし、ここまで言ってもまだ先に利益をとるべきだという人もいる。そういう人は、実は幼少期に経験した生育環境の問題からその価値観に至っている。利益先取の価値観が強い人は、幼少期に過度の競争や不適切な養育にさらされてきた人が多い。兄弟間での比較や奪い合い、養育虐待、不良グループとの関わりなど、いつ自分におこぼれがくるかわからない状況で育ってきた人にとっては、後で得られる見返りなんぞ不確定要素にしか思えない。一旦お預けにして、そのままお流れになったのでは損だから、今確実に手に入る利益をとるほうが賢明と考えるのだ。

 これは有名なマシュマロ実験でも明らかになっている。マシュマロ実験とは、1960年代末から1970年代初頭にかけてスタンフォード大学の心理学者ウォルター・ミシェル(Walter Mischel)らが行った、子どもの「満足遅延(目先の欲求を抑えて将来のより大きな報酬を待つ能力)」に関する心理学実験なのだが、その後の調査でマシュマロを食べるのを我慢できなかったグループには、家庭環境や親に問題をもっている子が多かったことがわかっている。つまり我慢ができなかったというより、今マシュマロを食べないと損だと考えたのだ。


 利益先取の人にとって、将来は運にしか見えない


 そしてこれがもう1つの思考を生む。それは、「所詮人生なんて運次第でしかない」というものだ。利益先取の人からしたら、富裕層や成功者が採った手段は不確実なものである。その不確実な手段で成果を得ているのだから、運でしかないというロジックなのだ。

 このレバレッジの考え方の違いを、表にするとわかりやすい。レバレッジを変数として捉えるとこうなる。


レバレッジの変数 現在の変数 自分の将来予測 実際の変数
富裕層・成功者 1 2 2
貧困層 1 0 2


 同一の条件を与えられている場合、最初に提示されている利益は双方とも同じなので、変数はどちらも1である。そして将来レバレッジは実際に発生するので、こちらは双方ともに2である(実際にはケースバイケースで、それ以上の振れ幅があるが)。

 で、問題なのは真ん中の自分の将来予測である。富裕層や成功者は後でレバレッジが働くのを納得しているので、こちらも2で実際のレバレッジと相違がないから、想定した通りという認識になる。だから将来を信頼して苦労を先に採ることができ、レバレッジによって大成する。

 しかし、貧困層などの利益先取の考えの人は違う。将来を信用していないから、将来予測のレバレッジは0と判断する。だから今の利益のほうが得に見え、先取りを選ぶ。そして成功者を目の当たりにすると、レバレッジ0の危険な賭けに挑んだように見えるので、運がよかったからだという認識になってしまう。

 この将来予測と現実の結果に差異があるか否かで判断基準が変わり、それが運命まで変えてしまうのだ。


 結果の伴う苦労か?将来を信頼できるか?


 ここまで見てきて、「苦労は買ってでもしろ」という言葉に倣うには、2つの要素が必要だということがわかった。1つは結果が伴うか否か。その判断力をつけられるかどうかが、運命の分かれ道になることがわかった。2つ目は将来を信頼できるかどうか。1つ目がわかっても、将来を信頼できなければ確実な今の利益をとるほうが妥当な判断になってしまう。わかりやすく車の運転で例えるなら、1つ目が道路標識で、2つ目がハンドルなのだ。

 この2つを手に入れることができた人は適切な方向転換ができるようになるから、大惨事にはならない。そのためには漠然と考えるのではなく、具体的に解像度を上げて将来を見る必要がある。そうなれば苦労に対する見返りを得られるだろう。




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